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【3話:離れても、香りが消えない】
商店街に昔からある定食屋。夕方からは、夕飯と晩酌とを楽しみに地元客が足を運ぶ。ハルトは、次から次に運ばれてくる皿を慣れた手つきで洗っていた。今日はいつもよりお客さんが多い。
店主 …忙しいなぁもう!クーポンとか出すもんじゃねぇな、ハルト
ハルト …商売繁盛じゃないっすか。リピーター増えたら喜ぶくせに
店主 それはそれ、これはこれ
鍋を振りながら、客に聞こえないように店主が愚痴る。ハルトは慣れたように応じた。店主が愚痴っぽいのはいつものことなのだ。
正直、忙しいのがありがたかった。少しでも暇があると、どうしても体育の時を思い出してしまう。
嗅いだことのない、体の芯が優しく撫でられるような香り。ただのアルファのフェロモンとは違う、確信めいた刺激が鼻から脳に抜けたのを感じた。知らないのに知っている、そんな感覚だ。
ハルト (…違う!俺はオメガだけど、あんなフェロモンに惹かれてたまるか!)
ハルトが終わらない皿洗いに追われている頃。
帰ろうとしていた矢先に取り巻きに囲まれて、興味のない称賛をうけていたレオンは、やっとの思いで自宅についた。玄関をくぐれば使用人が、カバンと制服のジャケットを預かる。そのままリビングまで行き、ソファに座り込んだ。
レオン すまないが、水をくれるか
そう言うと、別の使用人が冷えた水差しとグラスを用意する。軽く礼を言ってから、グラス一杯の水を一気に飲み干した。深く息を吐く。
使用人 レオン様、おつかれの様子ですが、いかがされましたか?
レオン …いや、同級生に囲まれてしまって、ちょっとつかれただけだ
使用人 相変わらず、人気者でございますね
レオン …そうだな
使用人はそれ以上は会話せず、水差しとグラスを片付けるためキッチンへ向かった。レオンも自室に戻る。
…人気者か。そう呟いてから、やることもないので明日の授業の予習をしようと、机に向かった。
やらなくても授業についていくだけなら、何も苦労はしていないのだが。なにか考えていないと、昼間のことが脳をよぎるからだ。
レオン (…いい匂い、だった)
オメガ特有の甘いフェロモンの香りに混じって、花束のような爽やかさのある香り。受粉のために蜂を呼ぶ、強かさもかすかに混じっていた。香った瞬間に、すぐに分かった。両親から聞かされていた「出逢えばわかる」の意味を。
気がつけば、レオンは目を閉じてハルトを思い浮かべていた。腹の中の本能が、欲しているのを感じる。
でも、今日の靴箱では逃がしてしまった。…どうすれば、嫌がられずに番になってもらえるのだろう。
そんなことを考えながら、夜が更けていった。
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