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【4話:番だと確信した日】
翌日からしばらくは、特に変化なく日常が進む。
いや、そうではない。変化はあった。
ハルトはふとした時に視線を感じるようになった。その主はレオンだ。何か言いたげに視線を向けるが、取り巻きの檻から出る様子は無い。
言いたい事があるなら言えよ、と思いつつもハルトもただ目線を外すしかなかった。
応えてしまえば、番だオメガだアルファに選ばれただと言われてしまうに決まっている。だから、ハルトは静かな拒否感を持って、レオンを見返すのだ。
そんな数日が過ぎ、均衡が崩れたのは木曜日。科学の授業終わりだった。
科学教室は、本校舎とは別にある。授業が終わり、ハルトと佐藤、田中も、渡り廊下まで来ていた。しかし、教科書はあるのにペンケースがない。
ハルト あれ?
佐藤 どした?
ハルト ペンケース落としたかも。先行ってて、科学室探してくるわ
田中 あいよ
ハルトは来た道に落ちてないかと、キョロキョロしながら戻る。しかし、廊下や階段には無い。やはり、科学室なんだろう。
教室の前に来ると、中に人影があった。そして、空気の流れに乗って鼻を掠めるフェロモンの香り。
ハルト (…朝倉)
取り巻きたちは、次の授業があるからと戻ったのだろう。レオンはハルトを見つけると、片手を上げた。
そこには、青色のペンケース。
レオン これ、望月の、だろ。匂い、したから
ハルト (何だそれ…嗅いだのかよ)
自分から話すのに慣れていない話し方で、レオンは尋ねた。しかし、ハルトは若干の拒絶反応に足がとまる。
ハルト …オレのだから、返して、くんね?
手渡してくれそうに無いので、ハルトは恐る恐る近づいた。
手を伸ばせば届く距離まで近づいたとき、レオンがさっとペンケースを掲げた。10センチ以上の身長差があるため、ハルトが手を伸ばしても簡単には届かない。
ハルト …返せよ
言った瞬間、空いていたレオンの手が伸び、ハルトを抱き寄せる。
ハルト なっ…!
レオンは少し身をかがめ、肩口に顔を寄せて、すうっと息を吸い込んだ。ハルトも、教室の入り口で感じたのよりも濃い香りを吸い込んで、息が詰まった。
レオン …いい匂いがする
あまり感情を感じない、事実確認のような声色が耳元で囁かれる。ハルトは、背筋が一瞬で冷えるのを感じた。
ハルト …やめろ!
ハルトは思わず、レオンを突き飛ばす。その拍子に、手からこぼれたペンケースを拾うと足早にその場を去った。
顔が熱い。
鼓動が速い。
それを認めたくない。
そんな気持ちで、階段を降りて行く。
頭の中でレオンの残り香がむかつくほど優しく広がっていた。意識して振り払わないと、心地よさに引っ張られてしまいそうになる。
ハルト (何で)
自分の体なのに、どうしようもできないなんて。
朝倉のことを、何も知らないのに。
レオンは、1人科学室に残された。授業のチャイムが鳴るが、この時間は授業は無いようだ。
少し思案して、授業に遅れた言い訳を考えるが、すぐにめんどくさくなってやめる。一言謝れば良いだろう。
そして、改めて確信した。ハルトは俺の番だと。
こんな近くに番がいるとは、思ってもみなかった。ただのオメガではなく番であれば、朝倉家としても迎えたいと思うだろう。家系存続のために。そうでなくても、いずれ家柄にみあったオメガが用意されていたと思う。
体に合う服をあつらえてもらうように、家が用意してくれていただろう。しかし、番を見つけてしまったからには、他に選択肢はない。ハルトを説得するしかない。
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