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【5話:たぶん、名家アルファは近づきたかった】
レオンはこれまで、何かを欲したことがない。
幼い頃はあったかもしれないが、容姿も学力も運動神経も、アルファなのだから持っていて当然だった。
家でも、礼儀は教えられたし、おもちゃも教材も、欲しいと言う前には揃えられていた。
人間も、何も言わなくても寄ってくる。
朝倉家の息子だから、顔が良いから、アルファだから。
だから多分、ハルトを番として迎えたい、と言う気持ちは、初めて用意されていなかったものから選択する経験だ。食事や服とは違って、意思を持った相手。
レオン (まず話をしなければ)
レオン (そのためには近くに居ないとか?)
そう思って、ハルトの隣の席に座ることにした。元々座っていたクラスメイトは、少し困惑していたが何も言わない。教師も、朝倉家のアルファなので何も注意出来ない。
ただただ、ハルトのストレスが溜まるばかりだった。
レオン ハルト、さっきの授業、分かったか?
共通の話題といえば授業くらいしか思いつかない。話しかけてみるがハルトの返事はそっけない。
ハルト 話しかけんな
レオン …俺は、勉強できるぞ
メリットを提示することは、売り込みは欠かせないと、レオンは得意なことを伝えてみる。しかし、ハルトはますます眉間のシワを深くした。
ハルト 話しかけてくんな、こっちも見んな
レオン …何故だ、話し合う必要が
ハルト 無い!
休み時間の度、レオンは何かと声をかけてくる。話したい本当の内容は、番のことだろう。そうハルトは察してはいるが、話したくなかった。話し合えば、オメガや番といった話題を避けられない。
ただ、レオンの的外れな質問や頑ななハルトの態度に友人の佐藤と田中は少し面白がっているようだった。
学校でも一番人気のアルファが、人間味あふれる友人のオメガに近づこうとしているのだ。しかも、どう見ても話しかける話題がズレているし、ハルトが嫌がっていても気づいていない。
ちぐはぐな2人の様子が、日常の中での楽しみのようになっている。
また、アルファがオメガに執心する様子から、クラスを初め学校中にも「朝倉玲臣の番候補として望月陽翔が見初められたらしい」という噂が広がっていた。
時折、取り巻きの誰かに冷たい視線を向けられることも、ハルトにとってはストレスだった。
…それならあのアルファを何とかしてくれ、と毎回思いながら。
レオンはそんなことを知ってか知らずか、移動教室や体育館への移動にもついてくる。気がつけば、昼食の場にも友人たちが引き込んでしまった。
友人2人はベータで、オメガの自分を自然に受け入れてくれているありがたい存在だ。それに加え、下手にアルファを邪険にして問題になっても嫌なので、ハルト自身も強く言えなかった。
ある日の昼休憩。教室で弁当を食べながらの雑談。
佐藤 え?朝倉って送り迎え車?!
レオン ああ、運転手が対応してくれている
田中 金持ちは違うな、なぁハルト
ハルト へー、羨ましいな
さも興味がないと言ったように棒読みの返事を返す。しかし、レオンは違ったようだ。表情を少し驚いたように変えて、聞いてくる。
レオン ハルトも送り迎えしてやろうか?
ハルト …は?
思ってもいなかった提案に、ハルトから間の抜けた声が漏れた。田中も悪ノリしてくる。
田中 せっかくだし、アルファに甘えちまえよ〜。お前んち遠いし
ハルト …冗談でも本気でも怒るぞ
田中 …あ、地雷かこれ
流石に察した田中は、悪いといったように手を上げた。
ハルトは、弁当を食べ終えて片付けると、「トイレ」と言ってその場から離れる。教室を出たのを見送って、佐藤がレオンの肩をポンポンとたたいた。
佐藤 朝倉、望月は何かしてもらうの嫌がるからさ、そういうのはやめとけ?
レオン そうか…わかった
送迎は運転手がしているのだが、という言葉が口から出かかったが飲み込んだ。
なかなか、二人きりで話す機会をもらえない。急いで答えを出さなければいけないことではないが、もし番を拒否する意思が固いなら、家にその話をしなければならない。
今日の放課後、以前は逃げられてしまった靴箱でまた話しかけてみよう。レオンはそう決めて、ランチボックスを片付けた。
ハルトは授業が終わると、友人たちに別れを告げて靴箱まで向かう。今日は、バイトは無いがこの後夜間診療に行ってヒート用の抑制剤を受け取りに行く予定だった。
まだ少し残りはあるが、もし足りなくなれば親に頼らないといけない。自分や兄妹のために忙しくしている両親に、できるだけ迷惑はかけたくなかった。
靴箱が見えてきた時、見慣れた長身がそこに居た。レオンだった。
何か言いたそうに、じっとハルトを見る。
ハルト …そこいられると邪魔なんだけど
レオン すまない。ハルト、帰りか?
ハルト 見てわかんだろ
ハルトはレオンの横を抜けて、靴を取り出して履き替える。その様子を見たレオンも、同じようにしてあとをついてきた。
ハルト …ついてくんな!邪魔!
レオン 邪魔したつもりはない
ハルト 最近ずっと見てくるし、ついてくるし…何なんだよ
レオン …番だろ、俺たちは
レオンは意を決して「番」という言葉を使った。しかし、ハルトはその単語を聞いた瞬間に声を荒らげる。
ハルト …番とかフェロモンとか知るか!そんなの…オレが決めたことじゃねぇし
レオン 本能に抗うのか…?俺はアルファで、ハルト…オメガなのに
ハルト …っ!俺の事、2度とオメガって呼ぶんじゃねえ
ハルトはレオンを一度睨みつけると、歩調を早めて歩き出した。言い合いを聞いていたのか、何名かの生徒がジロジロとこちらを見る。その視線を振り払うように、校門を抜けた。
レオンは、なぜハルトが怒り出したのかを考えるが、答えが見つからない。オメガ、なのにオメガが嫌?自分で決めなくても、バースは決まってしまっていることだ。抗っても、逃げられるわけがない。
アルファであることに疑問を持ったことがないレオンにとって、ハルトの抵抗はどこか美しくも感じられた。なぜそう考えているんだろう。分からない。
レオン (なら、聞くしかないだろう)
レオンは、ハルトの後を追うことにした。
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