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【6話:ぎこちない言葉と、まっすぐな気持ち】
夕暮れの帰り道。
数歩分を開けて、完璧超人のアルファがオレの後ろから着いてくる。さっきあれだけ拒絶したのに。
ハルトは、諦めた様でため息をつくと、仕方ないとレオンを呼んだ。
ハルト …朝倉
レオン 何だ
ハルト 着いてくんな
ハルトが声をかけたことで、レオンは小走りに寄ってきて隣に並んだ。着いてくるなと逆の行動に、ハルトは再び短くため息を吐く。レオンはおずおずとしつつも、ゆっくりと口を開いた。
レオン 話がしたいんだ
ハルト …何の
レオン つが…俺たちのことだ。分かってはいるんだろう?
ハルト …うるさい
レオン 静かに話してるつもりだが
ハルト そう言う意味じゃない。お前、成績良いし運動もできるのに、会話ができねぇのな
少しの哀れみが、ハルトに湧いてきた。
視界に映るレオンは、黙っていれば何でもできそうなのに。クラスメイトと話すことすら上手くできない完璧なアルファなんてこの世にいるんだろうか。
レオン …話さなくても、不便が無かったからな。今までは
ハルト …うちはオレがバイトしないとカツカツだってのに、羨ましい奴だな
レオン 貧しいのか?
ハルト …聞き方なんとかしろ。まぁ、余裕はないな。…オレがオメガで、抑制剤だヒートだって迷惑かけてっからさ…
レオン 大変なんだな。オメガは
ハルト …だから、嫌なんだよ。オメガ扱いされんのは
いつのまにか同じペースで歩き、話し込む。
レオンのある種の無垢さにペースを乱されてしまったのだろう。ポロリと本音も溢れてしまう。
レオン オメガ扱いとは、何か聞いていいか?
ハルト 逆に、アルファのお前は、どう思ってんの?
レオン 俺の番になるのがオメガで、俺は朝倉財閥を継ぐから、それに相応しい存在であること。そして、将来的には番と子供を作り、朝倉家を存続させる。そのために必要なのが番だ
暗記した教科書の一文のように、レオンはスラスラと答えた。ハルトは、諦めた様な悔しい様な顔になってしまう。ただアルファのために存在している扱われ方に、自分も該当してしまうのが苦しかった。
ハルト …どんな人が良いかってないだろ、それ。性格とか見た目とかさ。…それが、オメガの扱われ方だよ。
呟くような声でハルトは答えた。レオンの中に、今までの人生になかったモノが、形になっていく。
レオン どんな人か、か。確かに、言われるまで考えた事がなかった。それは…そうだな。失礼、だな
言葉を選んでいるレオンを見て、ハルトは少し認識を改めた。嫌なやつじゃなくて、やっぱりただひたすらに会話が下手なだけかもしれない、と。
真摯さには、ちゃんと答えないとと思い、本音で答える。
ハルト 性格とか関係なく、フェロモンで番が決まっちまう。それが一番嫌だ
レオン …そうだな。その気持ちは、俺も分かる、気がする
その内、用意されたかもしれない番。誰かも分からない。男が女かも。顔も性格も。
それで良いと思っていたのに、「嫌だ」とハッキリ意思表示されたことで、レオンの中にも同様に「嫌」な気持ちが芽生えていた。
ハルト それに、そういう家を継ぐパートナー?って、オメガとかじゃくて、どういう人かが大事なんじゃねぇの
レオン どういう人、か
それきり会話が続かず、2人は並んで歩く。
やがて、小さな診療所が見えてきた。オメガ外来と、看板に書かれている。
レオン ここは
ハルト 見たまんま病院だけど
レオン どこか悪いのか?
ハルト ヒート抑制剤もらいに行くんだよ
レオン …ああ、そうか。そうだよな…
ハルトは、そんなことも知らないのかと呆れた。
レオンは、オメガの現実の一端に、初めて触れたと思った。母親はオメガだが、抑制剤もヒートも、家のものが準備、管理しているから自分は関わらない。
身近なはずだったのに、何も知らなかった。
ハルト …流石に、中まで着いてくるとか言わないよな?
レオン ああ、嫌、だろ?
ハルト お?ちょっとはオレがわかったかよ朝倉
レオン 話してくれたからな…ありがとうハルト
レオンは自然と感謝の言葉が出たことに自分でも驚いていた。それに戸惑っていると、ハルトは苦笑する。
ハルト 完璧アルファ様でも、ちゃんとお礼言えるんじゃねーか
レオン …あ、いや。本当に、いろいろと話してくれたなと思っただけだ
ハルト …うるせぇ、オレもう行くぞ
レオンの素直な感謝に、ハルトは少したじろぐ。そして、ハルトはそそくさと診療所へ入っていった。
レオンは、初めて自分に向けられたハルトの笑顔に、フェロモンで感じるのとは別の鼓動を感じていた。
ハルトと別れたレオンは、迎えを呼ぼうとして、止まる。手にしたスマートフォンをポケットに仕舞い直した。
いつも通りでは、見えないものがある。ハルトとの会話でそう気づいたからだ。
家に向かって歩き出す。通り過ぎる人、店の看板、家々の形。知ろうと思わなければ、目に入らないモノ。
与えられるがままに生きてきた。
それでは、多分、ハルトは自分を選んではくれないと、思った。
駅まで来ると、初めて自分で切符を買い、路線図を確かめてから電車に乗る。しかし、思っていたのと逆に走り出した。ホームを間違えた。
慌てて降りて、適当なベンチに腰掛ける。
情けなさと初めての体験に、思わず笑いが漏れる。自分は、何も完璧では無かった。
ハルトが言っていた、どういう人かが大事と言う言葉が浮かんでくる。
俺は、1人で家に帰ることもマトモにできない、アルファだ。
この事を話したら、またあの笑顔で笑われてしまうだろうか。…笑って、くれるだろうか。
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