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【11話:たぶん、オレは別に、好きとかじゃ、ないし】
暇だ。
急なヒートになって早退して、抑制剤が効いてきて。
つまり、体調はちょっと悪いけど、普通の状態。なのに寝てなきゃいけない。
いや、寝るしかない。本棚の漫画は読み尽くしたし、兄弟は学校からまだ帰ってないし、多分帰ってきてもすぐどっか遊びに行くし、母さんはパートだし、父さんは単身赴任だし。
動画もなんかつまらないし、特に好きなアーティストもいない。暇だ。友達を呼ぶのも気がひけるし。
抑制剤が切れれば、またヒートの症状が出てくるだろうし。
ハルトは、ベッドの上で右を向いたり左を向いたりしていた。考えたくないのに、レオンの姿を思い出してしまう。
虚ろな目と強い力、首筋にかかる荒い息。そして、五感全部を奪われるような、強烈なフェロモンの香り。
獣のような果物のような、形容しがたい独特の匂いだった。
自分の意思に反して、あのまま身を任せても良いかもしれないという本能が、顔を出したのも覚えている。それがたまらなく怖かったし、嫌だった。
誰かが言ってたラットという言葉。オメガだから注意するようにと知識としては知っていたが、まさかあそこまでアルファが豹変するなんて。
思い出して身震いする。
もし、2人きりだったら。どうなっていたんだろう。
昔、初めてのヒートの後に、医者から説明を受けた。ヒートになると、本能的にアルファとその、エロいことをしたくなってしまうと。
また、アルファも同じようにスイッチが入って暴走する、それがラット。
ハルト (お互いにエロくなったらやばくね…?俺、レオンとヤらなきゃいけなくなるの?)
オメガだから?
一瞬想像して、その映像を振り払う。何考えてんだオレ。ちがう。したいとかない。
そう自分で結論づけるが、少し違和感があることにハルトは気がついた。
ほんの数ミリの、感情のズレ。
ハルト (…ん?)
覆いかぶさられた瞬間、怖かった。体の言う事は聞かないし、襲われると思ったから。
それに、自分の意思じゃなく、レオンの意思でもなく番になるのは、嫌だった。
それは本当だ。
ハルト (あ? オレも朝倉もマトモな時なら…どうなんだ?)
朝倉は明らかにフェロモンに影響されてる。
オレがオメガで番だから、す、好きだと本能的に思わされてるんだろう。本心じゃない。今日のあの豹変ぶりは、その延長線。のはず。
ハルト (じゃあ、オレは?)
ハルトは自分に問いかける。
オレも、フェロモンを感じてるのは間違いない。時々香ってきてたし、感知すれば否応無くドキドキしたりする。悟られないようにしてる。
…嫌だと言ったらオメガ扱いしてこなくなったのも、戦略?みたいなやつだ多分。番にしたいっぽいし。イヤだけど。
いきなりハルトとか呼び捨てにするし、言ってることズレまくってるし。朝倉のどこを見て『完璧なアルファ』だと思ってんだ?
…いや、オレはそういう風に見てないとか、そういうんじゃなくて。
そんな普段のレオンが相手なら?すっかり見慣れた横顔が脳裏に浮かぶ。
名前を呼ぶ声が、優しく心に響いて、かすかに高鳴った。
ハルト (いやいやいや…!?え?違う、フェロモンのせいだ、これは)
枕に顔を埋めて、言い聞かせた。自分がオメガだから、アルファがよく見えてるだけ!足をばたつかせながら、さっきまでの考えを振り払う。
これは好きと言うこととは違う――
不意に着信が来て、心臓が飛び出そうになる。画面を見てみれば、レオンからだった。
さっきまでのいろいろな思いが胸をよぎって、通話ボタンを押すのに少しためらった。
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