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【12話:選ぶために、今は選ばない】
電話をかける時、ほとんどは要求を伝えるときだった。でも、この電話は違う。
謝罪を受け入れてもらうという、要求を飲んでもらう為の電話だ。
いや、許してもらえないかもしれない。それでも、2度と同じことはしないということだけは伝えたかった。
レオンが通話ボタンをタップすると、数コールしてハルトが出た。
ハルト 何?
レオン …体調は、大丈夫か
ハルト …今、抑制剤効いてるから、大丈夫
どこか沈んだ声だ。当たり前だが、レオンは胸を痛める。だが、通話に出てくれたことは素直に嬉しかった。
レオン ハルト、さっきはすまなかった
ハルト いいよ、ラットってやつだろ?ヒートと同じで、勝手にそうなるんだろ
レオン …そう、みたいだ
ハルト …なら、朝倉に怒っても仕方ねぇじゃん。悪いのは、バースだろ
レオン そうだ、な…
ハルトが普段から言っていた「オメガ扱いするな」が、今度はバースを呪う言葉としてレオンに届く。今日の出来事で、レオンはそれに共感した。
傷つけたくは、無かったのだ。
レオン …2度と、同じことはしないから、それだけ信じて…くれないか?
ハルト …保証は?
ハルトの返しに、レオンは虚を突かれた。
レオン あ、そうだな。…我を忘れないように…する
ハルト は?それで乗り切れないから、ラットになったんじゃねーのかよ
レオン …初めてだったから、だと思う。ヒートのオメガを見たのが
ハルト え?金持ちのアルファって、オメガを何人もはべらせてると思ってた
レオン 少なくともウチは違うぞ?
ハルト 悪い、冗談
冗談と聞いて、レオンはふっと笑い声を漏らす。それを聞いたハルトの声色が、いつもの調子に戻ってきていた。
少しの間、多分初めてお互いに笑った。
ハルト でも、ヒート見たことないのは意外だった
レオン なぜだ?
ハルト モテてるから
レオン ん?モテてる?
ハルト いっつも取り巻きがいただろ。レオン様〜っみたいなやつらがさ
レオン ああ、別に害がないから放っておいただけだが
正直にそう告げると、ハルトがはーっと深い溜息をついたのが聞こえた。レオンは、なにか変なこと言ったか?とばかりに、目をパチパチとさせる。
ハルト …あんだけ周りに人がいて、誰にも手出してねぇの?かわいい子とか好みのオメガとかいなかったのかよ
レオン …手は出してないし、俺が惹かれたオメガは、ハルトが初めてだから
ハルト …っ!?え、な、その言い方恥ずかしいからやめろ…!
レオン 事実だから構わないだろう
ハルトがなにか言い淀む。レオンは、返答を待った。モジモジといった感じで、ハルトが会話を再開する。
ハルト …あー、あのさ
レオン 何だ?もし何かあれば言って欲しい。迷惑をかけてしまったからな
ハルト …朝倉は、オレが好き、なの?
ハルトからそう言われ、一瞬のあいだ逡巡した。
レオン 好きだ…と言いたい。だが、正直に言えば、今日のことで分からなくなった…
ハルト …何で?
レオン あの時、我を忘れた時、ハルトの事を考えてはいた。でも、想ってはいなかったと、思うからだ
ハルト うん…だよな。それは、分かったよ、オレも
レオン ハルトは、オメガだから好かれるのは嫌なんだろ?
ハルト 嫌だよ
レオン その気持ちが、分かった気がしてるんだ。だから、今は答えが出せない
気持ちだけではどうしようもない経験が、意思を揺らす。
本心がどこにあるのか、レオンはまだ見つけられなかった。ハルトも同じように。
ハルト …オレもだ。朝倉がアルファだから、フェロモンに反応してるだけ、なんじゃないかって。それでさ、オレがフェロモンのせいで朝倉を好きだって言って、嬉しいか?
レオン 手放しで喜べないかもな…
ハルト だろ?オレも分からないんだ。考えたんだけど…
レオン つまり、俺たちは番ではあるが、お互いに好意は無いかもしれない
ハルト …そう
レオン でも、あるかもしれない
ハルト え?
レオン 無いと、言い切れないんだ。…俺は
ハルト …やめろよ
蚊の鳴くような、小さな声だった。差し出された手を、静かに拒むかのような。
レオン ハルト?
ハルト 無い、でいいじゃん。オレらは、友達でさ。番…かもしれないけど、恋愛しなきゃいけないって誰が決めたんだよ
レオン …
ハルト …だって、嫌じゃん。アルファとオメガだから、付き合って当然みたいの
運命に抗いたいオメガの声は、所在なく震えていた。顔は見えないが、泣いているかも知れない。
レオン …分かった。それがハルトの希望なら、友人として振る舞うようにする
ハルト うん…それが、いい
レオン じゃあ、そうしよう。今日は悪かった。ゆっくり休んでくれ
ハルトの返事を待たず、レオンは通話を切った。この気持ちは、本能が見せているまやかしなのかもしれない。その疑いが、無かったと言えば嘘になる。
でも、全てが嘘とは、思いたくなかった。
ハルトと出会って初めて、自ら選択する必要性や難しさを知った。
フェロモンがあるのだから、当然のように選んでくれると思ったのに。
だから、受け入れてもらおうと近づいた。その中で、友人が出来た。オメガの置かれている状況や自分の無知さを知った。
そして、自らの手で番を傷つけた。フェロモンのせいで。
それでも、あの時生徒指導室で感じた何もかもを壊してでも守りたいと言う怒りは、アルファという獣ではなく、自分と言う人間のものだ。
それだけは、レオンの中で本当だった。
レオン (明日からは、友人として)
心のなかで繰り返す。守りたいと思うほど大切な気持ちに、ゆっくりと蓋をした。
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