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第4話

「いやあ、あれはまずいよ」と鈴野がいう。酒に弱いのだろう。少ししか飲んでいないのに顔が真っ赤だ。 「まずいって、なにが」宮田が聞く。 「広瀬」と鈴野が答えた。 宮田は思わずあたりを見回した。 立食パーティで広瀬は料理を取りに行ったきり戻ってこない。途中で誰かにつかまって相手をさせられているのかもしれない。 この日は詩吟の発表会だ。 広瀬が一緒に行って欲しいといってきたのだ。広瀬にどこか行こうと誘われるのははじめてだった。詩吟の会でもなんでも宮田は二つ返事でひきうけた。 詩吟の発表会を二時間ほど拝聴した後、その後は飲み放題、食べ放題の立食パーティになった。こんな会になるとは聞いていなかったので、かなり得した気分だった。 主催者の詩吟の師匠は顔が広いのだろうか、花沢ふとん店のように顔が広い人を弟子にしているためだろうか、立食パーティには老若男女が大勢集まっている。 広瀬にチケットをくれた花沢さんは、紋付はかまという立派ないでたちで、友人だろう、何人かの同年輩の男女と一緒にいた。広瀬を見つけると今日はありがとう、とうれしそうに言っていた。発表会が終わったせいか、高揚しているのと同時にほっとしているようだった。 宮田と鈴野も花沢さんに広瀬の友人です、とあいさつをし、詩吟の教室にかなりしつこく勧誘されたが、なんとか切り抜けた。 その後、花沢さんたちとは別れたが、広瀬はその美貌が目立つからだろう、あちこちで明らかに知らない人に話しかけられている。遠目でみるとうなずきながらも食べるのはやめていない。 「あいつ、なんとかしたほうがいいんじゃないのか」と鈴野が言う。 「最近は、喧嘩してないと思うぞ」と宮田は答えた。 鈴野はこの前大井戸署に異動してきた。宮田たちとはフロアは違うが、同世代で宮田とは仲がいい。寮も一緒で、私生活も仕事も可もなく不可もなくという点で似ている。 この詩吟の会に誘ったらよほど暇だったのだろう、ついてきたのだ。 「喧嘩なんかじゃなくて、さ」と鈴野がいいながらビールをちびちび飲んでいる。「この前、朝、うちの課に来てたんだけど、やばい感じだった」 「やばい?」 「お前、なんとも思わないのか?あいつ、朝、すげえ、色っぽかったんだよ。前からそんなとこあったけど、最近ひどいぜ、ほんと。目のやりばに困るくらい。全身からフェロモンでてる。仕草も色っぽくて。犯罪を誘発してるぞ」 お前が犯罪予備軍なんだろ、と宮田は内心つっこんだ。 鈴野は酔った勢いで続けている。 「腰つきとか、唇とか。髪かきあげてる指とか。課内もざわついちゃって。もっと前にもどっかで酒飲んで、ちょっと酔ってるのみたことあるけど、あの時も色気むんむんだったぜ。お前のフロアだって、ヤバって思ってる奴いるぜ。高田さんはいつもしかめっ面して広瀬と話してて、すげえ冷静って尊敬するよ。俺、全然男とか趣味じゃないし、考えたことないけど、広瀬ならいけるな。あんな顔で迫られたら、すぐ落ちる自信がある。」 いや、広瀬はお前に迫ってきたりしないから、と宮田は心の中で言った。それに、むんむんって昭和のロマンポルノかよ。 でも、と宮田は思う。確かに最近の広瀬は、今まで以上にきれいなときがある。豪華な華が咲きほこるという感じだ。なにかで自信がついたのかもしれない。 以前も服装や髪型は社会人としては全く問題ないレベルではあったがどちらかというと美貌には似合わない服をきていた。身なりには無頓着で地味だったのだ。それも最近変化している。 特に、今日は休みのせいか、いつもと違う。 ややくせのある髪をゆるく後ろになでつけて、白い額をだしている。 そうすると彼の魅力的な透明な目がより印象的になる。着ているスーツは、カジュアルに近い感じだが、あつらえたのだろう身体の線にあっていて、生地も高級そうだ。あわせているワイシャツもネクタイも今までの広瀬のセンスとは違う。所轄の刑事にはとても見えない。どこかのモデルかタレントのようだ。 身近に彼のファッションを監修している人物がいるのだ。それが誰かを宮田はよく知っているのだけれど、もちろん他の人間に言うつもりはない。 だから、鈴野には、「そうかなあ。お前、欲求不満なんじゃね?」と返事をした。

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