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第13話

武中は、真由を自分の知り合いが主催しているセミナーに誘ったのだ。 そのセミナーというのが、自己啓発と投資を組み合わせたもので、愛海からみたらかなり怪しそうだ。愛海も誘われたのだが、行くのは断った。だが、真由は最近のめりこんでいて、もう一人一緒にいた女の子にも声をかけ、今度二人でセミナーに行くらしいのだ。 「ここ数週間で人格も変わっちゃったみたいなんだ」と鈴野は言った。「真由さんって親元で暮らしててわりとおっとりして大人しい子だったらしいんだ。よくも悪くもお嬢さんタイプ。ところが、急に、自分はもっとできると思い出したらしくって、意見もずばずばいうし、独り暮らし始めようとか、周りにも、今のままじゃだめだって言って、そのセミナー勧めてきたりとかするようになったんだって」 「よくある自己啓発セミナーのトラブルじゃないのか?」と宮田は言う。 「うん。そうなんだよ。でも、その自己啓発セミナーの中で、このままだと日本経済は必ず5年以内に破綻するから、海外に投資する必要がある、って話がでてきてるらしくって、そこにお金入れてるらしいんだ」 「うーん」宮田はうなる。「5年以内に破綻するのか、怖いな」 「俺たちなんて公務員だから、国家が破綻したら失業だぜ」と鈴野が言った。「いや、そんなことはいいんだよ。愛海さんがいうには、真由さんは地元の信用金庫勤めなんだ。小金もそこそこ持ってる。武中って男が、最初から金融機関づとめの真由さんをターゲットにしたんじゃないかって疑ってるんだ」 真由にのめりこませて、信用金庫の金も流させようとしているのではないか、というのだ。 「なるほど」と宮田は言った。 「愛海さんにとって真由さんは友人だけど、家族でもないし、真由さんの家族のことも知らない。真由さんが変なセミナーに嵌ってるから気をつけろって言おうにも、誰にいったらいいのかもわからないらしい。本人に忠告はしたんだけど、聞く耳もたずでかえって勧誘されるか怒るだけらしい」 「それで、どうしろっていうんだ?」 「武中のセミナーが怪しいかどうか確かめて欲しいっていうんだ。武中がどんな人物なのか、主催者がどんな奴なのかも。場合によっては、警察だからなんとかならないかって」 宮田はめがねをとって、眉間のしわをのばしている。「警察だからって、俺らにはなんにもできないだろ。第一、武中がどんな奴ってどうやって確かめるんだよ」 「詩吟の会に来てただろ。招待した人物がいるはずだ。詩吟の先生経由ならわかるんじゃないかって」 「そんなん、お華の先生に聞いて確かめてもらったほうがいいんじゃないか」 「そこなんだよ」と鈴野はウーロン茶を一口飲んだ。「お華の先生、教室に武中を呼んでみんなに紹介してるらしいんだ。愛海さん、お華の先生も、怪しいんじゃないかって思い始めてる」 「疑心暗鬼だな」 鈴野はポケットから折りたたまれた紙を取り出し、広げた。 A4サイズのツルツルの紙に印刷されたセミナーの案内だ。『ブリリアントライフを約束するトークセッション。もう悩まないで。あなたの人生は必ず拓けます!』と大きく書いてある。 ハピハピストラテジー&ソリューション協議会が主催だ。四葉のクローバーがひらひらと舞っているイラストで、体験者談とか、人生設計を戦略的に行った場合とそうでない場合の生涯収入の差がグラフになったりしている。 「この会らしいんだよ。毎回50人くらいくるらしい」 「これにか?」と宮田は思わず呆れた声を出す。その後、「まあ、価値観って人それぞれだからなあ」と言い直した。 宮田は案内の紙を裏返し、また表をみるを繰り返している。 「詩吟の会って広瀬の知り合いに誘われたんだろ」と鈴野が広瀬に話しかけてきた。 広瀬は、うなずいた。 「その知り合い経由で武中のこと聞けないのか?」 広瀬はまたうなずいた。「いいよ」 「あっさりだなあ」と鈴野が感心したようにいう。「ためらったりとかないんだな」 「広瀬、武中のこと何かわかっても、頼むから勝手になんかすんなよ」と宮田に言われる。 「わかってる。鈴野に伝えればいいんだろ」と広瀬は答えた。 「うん」と宮田が言う。「俺にも教えて」 「そうそう」と鈴野もうなずいた。「俺のせいで広瀬がまた運河に落ちたりすると困るから、行動には気をつけて」と鈴野に言われた。 頼みごとされて、こんなちょっとバカにされたようなことを言われるとは心外ではあったが、言い返すことはしなかった。 「これ写真にとっても?」と自己啓発セミナーのチラシを示した。 鈴野はうなずく。広瀬は、タブレットを取り出すと表裏をきちんと撮影した。 「今度のセミナーは来月だな」と宮田はスケジュールがかかれた裏面を示した。 「そうだ。真由さんがもう一人の女の子を連れて行くんだそうだ」と鈴野が答えた。

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