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第14話
純喫茶『アザミ』のブレンドコーヒーは美味しい。香りがよく味わいはなめらかだ。
広瀬のコーヒーカップとソーサーは白く小さな花模様が優美に散っている。ひらひらした形状のカップのふちと曲線を描く取っ手は金色だ。多分、値段もかなりする輸入もののカップだろう。詳しくはないが。
宮田と鈴野のカップとソーサーは普通の白い味気ないものだった。明らかな差別を受けていると二人もわかっているのだが、『アザミ』の高齢な女性たちの広瀬にむけた視線を見ると、仕方ないかとも思う。コーヒーの味と香りは同じだし。
広瀬の形のよい手が、女性のハンカチを形にしたような脆そうなカップを持ち、伏しめがちにそっと唇をつけてコーヒーを飲んでいる風情は、絵のようだ。奥さんたちがこういうカップを出したくなる気持ちもわかる。
「美味しいだろ、ここのコーヒー」と、右から自慢気な声がした。
花沢さんが満足そうにうなずいている。彼がいれたわけではないのだが。花沢さんのカップも宮田や鈴野のとは違う。『花沢ふとん店』とどっかに描いてあってもおかしくないような大ぶりのマグカップだ。
「そうですね」と宮田は同意した。
「それで、いかがでしたか?」と鈴野が聞いた。
「ああ、そうそう」と花沢さんはセカンドバックから紙を出してくる。そこには、名簿が入っていた。「この前の詩吟の会の招待客名簿。で、こっちは来場者名簿。チケットは、お弟子さんたちが配ったりしてて、誰に渡したのかは完全にはわからないから、来た人に名刺もらったり記帳してもらったりして、それを整理したのが来場者名簿だよ」
花沢さんはがさがさと来場者名簿を広げて見せてくれる。
「あー。ありがとうございます。でも、いいんですか、これ?」と宮田は言った。個人情報保護的には、こうも簡単にみせてもらっちゃ悪いような気がしてきたのだ。
「いいんだよ。俺、先生に信用されてるんだ。この名簿作りも半分は俺が手伝ったようなもんだし。それに、あんたたち警察官だろ。それじゃあ大丈夫って先生も言ってた」
宮田は鈴野と顔を見合わせる。鈴野は肩をすくめた。
「それにね、広瀬さんが言ってた、武中って男、他の来客にも声かけてるらしいんだよ」
「声をかけている?」
花沢さんが来場者名簿をめくって名前を示す。
武中真という氏名と住所が書いてある。オフィス街の住所だから勤め先のものだろう。鈴野はこの前の自己啓発セミナーのチラシを取り出す。ハピハピストラテジー&ソリューション協議会の住所が書いてあるが、武中が書いた住所とは異なっていた。
「それ、そのセミナー」と花沢さんが指差す。「発表会で知り合った人宛にそのセミナーの案内を送ってるらしいんだ。人によっては強引に来いって誘われたりもしてるらしい。詩吟の先生、温厚な人なんだけど、さすがにご立腹で。自分の客のところに断りもなくこういうセミナーの案内をされると困るって、言ってた」
「武中さんはお弟子さんではないんですよね?」
花沢さんは、招待客名簿を広げ、一人の名前を指さす。「この人経由で来たらしい。この人、いっぱいお弟子さん紹介したり、発表会があると大勢人を呼んでくれるから、先生も表立って文句いいにくいらしいんだけど、結構、トラブルも多いんだよ」
「花沢さんはこの方と懇意なんですか?」
「まあ、お弟子さんたちのことはほとんど誰でも知ってるからね」と花沢さんは答えた。
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