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第15話
「武中さんのこと、その招待者から聞くことはできませんか?」と鈴野は聞いた。
「聞いたよ、もちろん」花沢さんは言う。そして笑みを浮かべた。「ちゃんとしてるだろ。前から捜査協力って興味あったんだよね」
「あの、これは捜査じゃないですから」と宮田は訂正した。「友人の相談に友人としてのっているだけなんで」
「まあまあ、そう固いこと言わなくても」花沢さんは手帳を取り出す。黒い表紙の手のひらよりちょっと大きいくらいのだ。
「えっと」ページをめくる。「あった。『武中さんのことはあまりよく知りません。あちこちにチケット渡してたから、まわりまわって誰かからもらってきたんだと思います。前も、会ったことはありません。顔見ても誰が武中さんかわからないと思います』って言ってた。『セミナーの案内は私も受けました。電話かかってきて。心が軽くなる楽しいトークショーだって言ってました。他のお弟子さんのところにも紹介してるんですか。トークショーの紹介だったら問題ないんじゃないですか。私は行きませんけど。怪しいセミナーに行って壷でも売りつけられたら嫌だから』。おしまい」
「ええっと、それだけですか?」と鈴野は聞きかえす。
「そうなんだよ。彼女、古いお弟子さんなんだけど、わがままでね。お嬢さん気質がいつまでも抜けないままばあさんになっちゃって」
「そうですか」
これで、手がかりはなさそうだ。
「この男のこと知りたかったら、指紋を照合すればいいんじゃないの?犯罪者は登録されてるんだろ。よくドラマでやってるの見るよ。どっか喫茶店みたいなところで、水飲ませて、指紋とって、身元を確かめるの」
「捜査ではないので、指紋照合はできません。それに武中さんはセミナーを紹介しているだけで、犯罪ではないですし」
「そうなの?テレビドラマだと、知り合いとかのために刑事さんが調べたりしてるだろ」
「ドラマと同じように一般の人たちのこと怪しいってだけで個人的に指紋調べてたら、権利侵害になります」と宮田は説明した。
「へえ。真面目なんだね」
「そうではなくって、そんな権限俺たちにはないんですよ」
「じゃあ、この武中って男のことこれからどうするんだ?」
「そうですね。このセミナーに行ってみるとか」と鈴野が言った。
「だけど、武中に俺たち顔を見られてる」と宮田は言った。「武中が覚えてるかどうかはわからないけど、あの女の子たちと一緒にいたし。真由さんだって、もう一人の子だって覚えてるかもしれないだろ。怪しまれないかな」
「うーん。確かにな」と鈴野は言う。「でも、大丈夫じゃね?広瀬のことは覚えてるだろうけど、俺たちそんなに印象には残ってないと思う」と自虐的な発言をしている。
「俺が行くよ」と花沢さんが言った。「どんなセミナーか聞いて来たらいいんだろ。ついでに、武中って奴と知り合いになって、個別に話を聞きたいとかなんとか言って約束を取り付ければ」
「いえいえ、それは」と宮田が否定する。
「俺みたいな小金ありそうなじいさんが行くほうが、こういっちゃなんだが、金とは縁がなさそうなあんたたちが行くよりいいんじゃないか」
大きなお世話だと宮田は思ったが口には出さなかった。「でも、もし何かあったら申し訳ないですし」
「何かって?」
「勧誘されちゃったりとか、危険が全くないとはいいきれませんし。こういったことに花沢さんを巻き込むのは」
「何言ってんだよ。大丈夫だよ。こっちは何十年もそこの商店街で商売やってんだよ。危ない目にも怖い目にもあってきてる。それに、盗聴してたらいいんじゃないか。盗聴器みたいなので、外から聞いてたら」
「それは、まずすぎですよ」と宮田は答えた。
「なんで?何罪?」
「何罪っていうよりも、ばれたら大変ですよ。相手がどんな連中かわからないですし」と宮田は言った。ちゃんと止めないとこの人行っちゃいそうだ。「とにかく、一人では絶対にいかないでくださいね」
「誰かと一緒ならいいんだな」と花沢さんがいう。「女房は北海道に遊びに行っちゃってるし、米屋のたけちゃんは腰痛だからずっと座ってるセミナーはだめだしなあ。どうしようかな」花沢さんは自分で行きたくて仕方ないのだ。このまま止めても一人で行ってしまうだろう。
「やっぱ、宮田、行ったら?」と鈴野が言う。「お前、顔バレしてないよ」
「そうだな。そうしようかな」と宮田も答えた。それが一番いい方法なような気がしてくる。
「あ」とそこまできて花沢さんが思いついたようだ。ぽん、と片手をこぶしにしてもう一方の手のひらを打つ。こんな動作本当にする人は初めてだ。「広瀬さん、あんたの友達は?ここで一緒にモーニング食べてた」
それまでじっと無言で話を聞いていた広瀬が急な指名に顔をあげる。
「誰?」と鈴野が聞いた。
「え」と広瀬が口ごもる。
「あの人どう?友達のあんたにいうのもなんだけど、人のいい金持ちのお坊ちゃんって雰囲気もあるらしいから、丁度いいんじゃないか?」
「誰のこと?」とまた鈴野が聞いてきた。
「本人に聞いてみます」と広瀬は答えた。
「軽くでいいよ。俺が行くから」と宮田は気が進まなかったがそう口をだした。
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