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第19話

武中の乗るセダンは東へと走っていく。次第に車は少なくなるが、尾行が目立つほどではない。 武中は後ろから車が来るのに気づいた様子もない。車はどんどん走り、郊外の住宅地へと向かっていく。 車内は静かだ。花沢さんは車の中を見回している。「この車、レンタカーだね。なんか意味があるの?」 「いえ、単に自分の車持ってくる時間がなかっただけですよ」 「なるほど」 しばらく行くと流石に車がまばらになっていく。東城は武中の車から距離を置いた。集合住宅の駐車場に入っていくのがわかり、そのまま前を通り過ぎた。 小さな川がありその橋を渡って行き、途中で辺りを見回して駐車した。 「武中の車をみてきます。花沢さんはここで待っていてください」 「え、俺も一緒に行くよ」 「それは、ちょっと。見咎められたら走らないとならないですし」 「大丈夫。足腰には自信があるんだ。それに、別に悪いことしてるわけじゃないんだろう?車でこの辺まできて、停めて、ぶらぶら歩いてるだけで」 「まあ、そうですけど。不審者だと思われて通報されると、職業柄、まずいんですよね」 「そりゃあそうだ。もしもそんなことになって足手まといになったら俺を置いて逃げてくれ」 東城は苦笑した。「そんな、少年マンガのお約束みたいな展開にはならないですよ」 花沢さんも車を降りて、静かにドアを閉める。 人通りはほとんどない。街灯があるのでそれほど暗くはない。一戸建てと集合住宅が混ざっている地域だ。遠くにはコンビニの明かりが見える。たまに、横を車が通り過ぎていく。帰宅するのだろう。物音はほとんどない、静かな住宅街だ。 先ほど通った小さな川の橋を渡る。 「『鞭聲肅肅夜河を過る』、だね」と花沢さんがひそひそと声を落として言った。 「そんな恰好いいもんじゃないですけどね」と東城は答えた。「男が二人、夜にぶらぶら歩いてるだけで」 「まあいいじゃん。雰囲気だしていこうよ」 集合住宅の駐車場で、武中の車が見つかった。さっき停めたばかりなのでまだ温かい。辺りを見回すが、本人の姿はない。武中だけでなく、誰の姿もない。時間が遅いためだろうか。エントランスに入り、ずらっと並ぶ郵便受けを見る。 「ここには『武中』って名前ないねえ」とじっとみていた花沢さんが言った。 「そうですね」東城も郵便受けを一つずつ見る。 「ここに住んでないのかな」 「どうでしょうか」と東城は答えた。 賃貸マンションのようだ。エントランスには住民向けの掲示板がある。ネコに餌をやるなとか、ゴミの分別についての説明書きとともに、管理会社の連絡先が貼ってあった。東城はそれも記録した。 エレベーターに乗って、一つ上の階にあがってみる。同じクリーム色のドアが並んでいる。灯りがついている家とそうでない家がある。 二人で無言で周りの様子を見る。特に動きはない。 あまり時間をかけず、二人はもときた道をもどったのだった。

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