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第26話

風呂を出てリビングにいったら東城が誰かと電話で話している。笑顔だったから、多分誕生日祝いの電話なのだろう。 夕食をとろうとキッチンに行ったら、テーブルの上に紙があった。石田さんの使っている一筆箋だ。 東城の好物のコロッケを冷凍しているので、食べる直前に揚げて欲しいというものだ。 適切な温度も書かれており、コンロに揚げ物用の鍋と油が用意してある。自分が揚げておいてもいいのだが、揚げたての方が美味しいから、お願いします、と書いてあった。 こんな風に石田さんから夕食の調理を依頼されたのは初めてだった。 広瀬は東城と付き合っているのだから、誕生日に彼の好きなコロッケを揚げるくらいはするだろうと思ったのだろう。せいぜい10分程度しかかからない作業なのだし。 冷凍庫をあけると、お店で売っているよりも小ぶりな手作りのコロッケがいくつも冷凍されていた。おいしそうではある。広瀬は、コロッケが入った透明なプラスチックの袋を取り出した。 まったく、と広瀬は思った。石田さんまでこんなことするなんて。裏切られた気分だ。 なんという過保護っぷりだろう。 だいたい、30にもなる男の誕生日にあんなにいっぱいプレゼントを贈ってきて、好きな食べ物をせっせと作るって、東城の親戚の女たちはなにを考えているんだ。 広瀬は、誕生日なんて恰好悪くて、高校生になったら祝ってもらわなくていいと育ててくれた伯母に言った。プレゼントだって、料理だって、特別なものは何もいらないと言ったのだ。 今では自分の誕生日がいつかだって気にしなくなった。 当然、東城の誕生日が今日だっていうことも、今朝、知ったくらいだ。大人の男の誕生日なんて、そういうものじゃないのか。 そもそも東城がコロッケが好きなんて初耳だ。何歳のときの好物なんだ、これは。 まあ、石田さんや親戚の女性たちからしたら、東城なんていつまでたっても子供みたいなものなのだろうけど。 広瀬は、揚げ鍋に油を入れ、火にかけた。温度を測り、石田さんのメモどおりの温度になったら、冷凍の手作りコロッケを投入した。 シュウシュウと良い音をたてている。石田さんの指示には、揚げ時間も記載されている。タイマーを見て待っていたら、ちゃんときつね色になった。 いつのまにか風呂に入っていた東城が、タオルで髪を拭きながらキッチンにやってきた。 「あ、石田さんのコロッケだ」と彼はすぐに気づいたようだ。「懐かしいな。これ、うまいんだよ」と言った。 彼がキッチンのテーブルに座った。 「30歳になったからって、昨日となんにも変わらないんだ」と言っている。「あたりまえのことなんだけどな」 広瀬はコロッケを皿に盛って東城の前に出す。冷蔵庫にあった千切りキャベツとこれまた石田さん特製のソースも出す。 さらに、冷えたビールもグラスについであげた。何はともあれ、今日は彼の誕生日なのだから。 広瀬が前に座るのを待って、東城はコロッケに箸をつけた。広瀬も、この揚げたての熱いコロッケを食べることにした。コロッケは確かにおいしく、知らない味なのにどこか懐かしかった。

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