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第32話

子供の部屋といって案内されたところは、きれいに片付けられて広々している。 花沢さんに出してもらったふとんを並べてしいた。ふとん屋さんだけのことはあって、立派で寝心地のいいふとんだった。 宮田が風呂からあがると、東城は部屋の端に胡坐をかいて座り、静かにスマホをいじっていた。 広瀬は早くも横たわり目を閉じて眠ろうとしている。 鈴野が入れ替わりに風呂に入りにいった。 しばらくして戻ってきた鈴野に宮田が聞く。「千鳥弁護士のところいつ行くんだ?」 「今週中には時間をとる」と鈴野が答えた。 「俺も一緒に行こうか?」と宮田。 「いいよ。宮田にはこの件で時間かけてもらってるから、今度は俺が行くよ」 「なんてこと言ってるけど、本当は、愛海さんと二人で会いたいだけなんじゃないのかよ」と宮田が言った。 「それもある。っていうか、今回の件、それ以外のどんな目的があるって言うんだよ」と鈴野が開き直っていた。「愛海さん、『どうなりましたか。でもあんまり無理しないでくださいね』って時々連絡してくれるんだ。優しいんだよな」 そうだ、元々のきっかけはそれだったのだ、と宮田は思う。鈴野が愛海さんにいいカッコしたくて、引き受けたのだ。 「なんだよ。鈴野のために俺たちせっせと動いてるのかよ」と東城がスマホを見ながらぼやいている。 「まあ、そうなりますね。すみません。俺としては、東城さんを巻き込むつもりはなかったんですよ」と鈴野は答えた。 「それで、その愛海さんとうまくいきそうなのか?」と東城が聞く。「一定の成果を挙げる算段はついているんだろうな」 「どうでしょうか。連絡はしてくれるんですけど」と鈴野が答える。「レスも早いし。頼りにはしてくれてるみたいなんです。そういうのって脈ありだと思うんですけどね」 「どっかに飯でも誘ってみたらいいんじゃないか?」と宮田が言う。 「で?断られたらどうするんだよ」 「気の弱い奴だな。断られてもしつこく誘えばいいじゃないか」と東城がスマホをいじりながら横から口を挟んでいる。「松下幸之助も言ってただろ。失敗してやめるからそれは失敗になる。成功するまでやれって」 「いやいや。そういうもんじゃないでしょう。女の子は二股ソケットじゃないんですよ。それに、その言葉も名言とは微妙に違うような気もするし」と宮田は反論した。そして鈴野に、 「弁護士と話し終わった後で誘えよ。まずはそこからだ」と言った。 「そうだよな。俺もそれは考えてる。何時に弁護士と会うと飯誘っても違和感ないと思う?」 「6時くらいに弁護士事務所かな。でも、お前行けるの?仕事どうするんだ?」 「半休かなにか取るよ」と鈴野が答える。「仕事帰りのしっちゃかめっちゃかで疲れて会ったら、話もはずまないから。気持ちをリラックスさせて十分に備えないとな」 「なんだか、お前の話聞いてると涙ぐましくなるよ」と東城が言った。「そこまでしなきゃらならないほどの女なのか?」 「愛海さん可愛くて、しっかりしてて感じがいい子なんですよ。俺たちなんて身分が低いから相当がんばらないと相手にされないでしょう」と鈴野が言っている。 東城がぷっと小さく吹き出し、とうとうスマホから顔をあげた。「なんだ、それ?身分?愛海さんって子は貴族かなんか?」 「そうじゃないですよ」と鈴野は言った。「俺や宮田なんて、がんばらないと差別されて、目の前にいるのにいないように扱われちゃうって言うか」 「差別って、なんだよ」と一緒にされたことがややひっかかり、宮田が聞いた。 「俺はねえ、思ったんだよ。例えばさ、広瀬と俺たちとじゃ、差別されるんだって。この世の中にはそういう差別が存在するんだよ」 「ああ」と宮田は言った。「『アザミ』のコーヒーカップ?」 「そうだよ。俺は、あれで全てを悟ったんだ。子供の頃から人は見た目じゃない、内面だとかなんとかって教育されてきたけど、やっぱ嘘だよ。人は、顔のよしあしにつきる。性格も実績も関係ないんだ。ほら、なんか本があっただろ。人は見た目が何割とかいうやつ。あれだよ」 「広瀬は、性格も実績も申し分ないと思うけどな。顔がいいのは確かだけど」と東城が言った。「『アザミ』のコーヒーカップってなんだ?」 「明日朝、『アザミ』に行ったらわかりますよ」と鈴野が言った。「広瀬の性格なんて知るはずもない『アザミ』の店の人が、格差をつけてきてるんですよ」 コーヒーカップに鈴野がこんなにこだわっているとは思わなかった。宮田は彼の嘆きに同意すると同時に、根に持つタイプだったんだな、と思った。

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