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第36話

「どうぞ」と花沢さんはいつもの台所に二人を通した。そして、冷蔵庫を開けて瓶ビールを出してくれた。 「この前の日本酒は全部飲んじゃったから、後は、紹興酒があるくらいだ。飲む?」と言う。 「ビールをいただきます」と東城は答えた。 花沢さんがにやにや笑いながら広瀬に言う。「女房、本当は、いないんじゃないかと思ってただろう?ちゃんといるんだよ。一昨日まで、栃木の親戚の家に遊びに行ってたんだ。昨日帰ってきたばっかり」 そして、グラスを3つ並べてビールを注いでくれた。おつまみにといって千葉の知り合いが送ってきたという落花生も出してくれる。 「浜岡と周辺が捜査されることになりましたよ」と東城が言った。「まだ、立件できるかどうかはわかりませんが」 花沢さんは、一瞬手をとめた。そして、ビールを味わい、うなずいた。「それは、よかった。何もなく連中を野放しにしているよりはましだ。俺も、少しは、役にたったかい?」 「はい。とても」 「全部、花沢さんが仕組んだんですよね」と東城が言った。「俺たちを巻き込んで、武中のことを調べさせて、武中が浜岡だということや、彼の仲間が、また、投資詐欺をしようとしていることを、明らかにさせようとした」 「どうしてそんなことを考えたんだい?」と花沢さんが質問には答えず逆に聞いた。 「俺は、偶然というのは信じないんです」と東城が答えた。「広瀬に、傘を貸してくださって、その後、詩吟の会に誘われて、武中や女性たちと会った。話が進んで、投資詐欺がある、みたいなことになっていく。なんだか、変だなと思ったんですよ」 「でも、それだけで?」と花沢さんが言った。 「財布の件も変だと思ったんですよ。来場者が把握されている立食パーティで浜岡の財布が盗まれた。誰でも出入り自由の会だったらスリがいてもおかしくないですがね。そして、現金が盗まれたのに、浜岡は警察に届けなかった。身元詐称について所轄に問いただされるのが嫌だったんでしょう。あの財布の盗難も、花沢さんがやったんですか?」 花沢さんは返事をしなかった。 「まあ、いいです。金銭の被害があったら、広瀬たちもいるし、届出ることを勧められるだろう。拒否したらそれはそれで妙だし、届け出れば、所轄で、事情をよく聞かれる可能性が高い。だから、財布を盗んで、現金も少しは取ったかもしれませんね。ところが、こいつらときたら、何もしないし、浜岡は、そのまま帰ってしまった」 「みんなお酒入ってたし、楽しい会の終わりに警察って雰囲気でもなかったんだよ」と花沢さんがかばうように言った。「でも、それだけのことで、俺を疑ったの?」 「広瀬に頼まれてセミナーに行くことになって、どうもひっかかったんですよ。それに、その後も、協議会に行った広瀬たちが同じ件に関わっている千鳥弁護士に会った。これも偶然にしては出来すぎの部類ですよ。だから、俺、この前、広瀬と詩吟の先生に会いにいったんですよ」 「え?そうなんだ。先生何にも言ってなかったな」 「花沢さんには伝えないでくださいってお願いしましたから。そうしたら、先生は、浜岡を招待したのは花沢さんだって教えてくれました。お華の先生と女性たちも、花沢さんじゃないかって。浜岡を招待したってことになってる古くからのお弟子さんは、架空の人物だったんですね」 花沢さんはうなずいた。 「ついでにいうと、浜岡が、お弟子さんたちを勧誘してるっていうのも、花沢さんが作った話ですよね。そんなセミナーの話初耳ですって詩吟の先生が言っていました。投資関係のセミナーに花沢さんが関わっているんですかって、心配してましたよ」 「そうなんだ。先生全くなにも言わなかったよ。案外あの先生もたぬきだねえ」 「花沢さんと一緒で、長年、商売してると、いろんなことあるんですよ、きっと」と東城が答えた。

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