2 / 34
第1話
「2人とも必ず幸せにする」
運命の番 が目の前にいるせいか、興奮が冷め止まない状態の彼が提案した言葉はたったそれだけ。
現在、番 として一緒にいる僕とは離婚はしない。
番 を得てしまったΩが、番 相手であるαに捨てられればどうなるのかを知っているから……
「みつるのことは当然愛している。だから、ひとりになんて絶対させない」
僕を抱きしめながら囁かれた言葉に、一瞬だけ期待した。
まだ、僕のことを愛してくれているんだって……
僕のことを一番に想ってくれているんだって……
「2人とも必ず幸せにする。ミツルならわかってくれるよな」
僕の顔を確認する様に肩を押さえ、満面の笑みを浮かべて見つめてくる。
「嫌だ」って、この時にちゃんと言えばよかった。
「僕だけを愛して欲しい」って、ちゃんと言葉にすればよかった。
運命の彼は、不満そうに口を尖らしていたけど、彼と目が合うと軽く肩を竦めて諦めているようだった。
「しかたないなぁ~。ちゃんとボクのことも愛してくれるなら、今は我慢してあげる」
2人は勝手に納得している様子だった。
嬉しそうに今後のことを話しあっていた。
僕は何も言ってないのに……
了承してないのに、納得なんてしてないのに……
僕だけが蚊帳の外で、話しなんて聞いてくれない。
勝手に話を進められて、僕の気持ちなんて置いてけぼりにされいた。
それからすぐに始まった彼の二重生活。
曜日ごとに僕と運命の彼の家を行ったり来たりする日々。
最初こそ、僕との生活を一番に考えてくれていた。
運命の彼よりも、僕との生活を大切にしてくれていた。
1週間の大半は、僕の家に帰って来てくれて、今までと変わらない生活を過ごしていた。
変わらない生活のはずなのに、一緒にいるはずなのに、それなのに……
どこか寂しくて胸にぽっかり穴が開いてしまったような気がしてくる。
一緒にいるはずなのに、彼の気持ちが離れていってるんじゃないかって、不安を拭い去ることができなかった。
「みつるのことは変わらず愛しているよ。一番愛しているのはみつるだけだ。運命のあの子に出逢っても、この気持ちは変わらない」
僕の顔を見て、彼が必ず言ってくれる言葉を僕は信じていたかった。
彼に抱きしめられながら、彼の温もりに包まれながら、彼の言葉を信じていたかった。
でも、そんな日々もすぐに変わってしまった。
帰って来てくれる日が1日減り、また1日減る。
「あの子の調子が悪いから……」
「みつると違って弱い子なんだよ」
「みつるのことはもちろん愛している。でも、あの子が心配だから……」
言い訳が増えるたび、僕のところに帰って来てくれる日が日に日に減っていく。
1週間、10日、1ヶ月……
気付けば、運命の彼のところに帰る日の方が多くて、僕はほったらかし……
もうどれくらい、彼に会ってないだろう……
それでも、最初の約束は守ってくれていたんだ。
「発情期 の時は、必ずみつるの側にいる」って約束。
Ωはαの番 が出来てしまうと、その番 相手にしか熱を発散することができない。
他のαにフェロモンが効かなくなるのはもちろん、身体は番 のみを欲してしまうようになる。
番 ではないαに触れられれば、拒絶反応が出てしまうことは、この世界では周知の事実だったから……
でも、昔から僕はタイミングが悪い。
運命の彼と発情期の周期が違っていれば、そんなことも問題にならなかったのに……
本当に、僕は昔からタイミングが悪いんだ。
「来週のみつるの発情期 の時は帰って来るから」
彼の連絡を見て、いそいそと巣を作って待っていた。
最近ずっと帰って来てくれていないから、大分匂いが薄れてしまっていたけど、彼の服をかき集めて巣を作った。
Ωにとって巣は、最大の愛情表現だ。
愛する彼の匂いに包まれ、発情期 という熱に浮かされる期間を少しでも緩和させようと取る行動。
それが、Ωにとっての巣作りだ。
でも、予定の日になっても、僕が発情期 になっても、彼は帰って来てくれなかった。
僕の発情期の日と運命の彼の発情期の日が被ってしまった。
それでも、僕のところに戻って来てくれる。って、約束してたのに……
1日早く、運命の彼が発情期になってしまったから、彼の方を優先しちゃったんだって……
彼をひとりなんてできないから……
苦しんでいる姿をほっとけないから……
初めて過ごすひとりぼっちの発情期。
番 であるはずの彼は、僕のそばにはいてくれない。
番 がいるはずなのに、その番 に僕は助けて貰えない。
家中の彼の匂いのするモノを集めても満たされなくて……
燃えるような体内の熱を発散できなくて……
自分の指で必死に慰めてみたけど、何も満たされなかった。
狂いたくなる熱と疼きを必死に堪えた。
苦しくて、悲しくて、寂しくて……
耐えようと手や足に引っ掻き傷を作ってしまった。
運命の彼はこんな苦しさを知っているのかな……
彼も、こんな日があったのかな……
彼の番 は、僕のはずなのに……
泣きすぎて声も掠れ、泣きすぎて腫れた目から涙も枯れた頃、やっと長かった発情期 が終わった。
初めて過ごしたひとりぼっちの7日間。
彼が帰って来てくれたのは、発情期が終わった2日後だった。
体力も気力も何もかもが、ギリギリになった僕を優しく抱き締めてくれた。
彼の匂いに包まれて、久しぶりにちゃんと寝ることができた。
「みつる、みつるなら大丈夫みたいだな。愛してる。みつるのこと、ちゃんと愛してるよ」
微睡む僕を腕に抱いて、何度も何度も「愛してる」って、耳元で囁いてくれた。
大丈夫、次の発情期 は一緒に居てくれる。
今回は、運命の彼と被ってしまっただけ……
こんな苦しい発情期は、これまでも、これからも、この1回だけのはず……
シゲルさん、僕はちゃんと耐えれたよ。
ちゃんと、シゲルさんのこと待ってたよ。
シゲルさんが僕のこと「愛してる」って、言ってくれてたから……ずっと待ってたよ。
ともだちにシェアしよう!

