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第3話
「何時、だろ……」
彼が一瞬だけ帰ってきてくれた時は、まだ外が明るかったと思う。
カーテンの隙間から光が入って来ていたが、今は暗闇が部屋を埋め尽くしている。
灯りの灯らない部屋だけど、ボーっと眺めているとなんとなく部屋の全貌が見えてくる。
寝落ちしてしまう前と変わらない、乱雑な部屋。
2人の寝室だったはずなのに、最近は僕1人でしか使われていない部屋。
発情期 のたびに彼の服をベッドいっぱいに集めて巣を作り、終わったら洗濯をする。
洗濯するたびに彼の匂いは薄れていき、柔軟の匂いだけが残される。
彼の匂いを求めてギュッと抱きしめて顔を埋め、縋り付いていたせいで、今は……僕の匂いしかしない……。
誰の服で、巣を作っているんだろう……
誰の為に、巣を作っているんだろう……
浮かんでは消える疑念。
愛しい人の顔も声も覚えているのに、彼の匂いを思い出せない。
久しぶりに会いに来てくれたのに、彼の匂いに混じる別のΩの匂い。
……嫉妬なんて、したくないのに……
暗い感情が心の中を占めていくのを感じる。
運命の彼はどう思ってるんだろう……
ずっと、ずっと……僕の番 と一緒に居ることに、罪悪感なんてないのかな……
彼が現れなければ……
暗い感情に呑まれそうになった時、不意にガチャッと玄関を開く音が聞こえた。
シゲルさん、帰ってきてくれたのかな...…
やっぱり、僕のことを思って帰って来てくれたのかな……
今日は、一緒に居てくれるのかな……
せめて、シゲルさんの匂いがする服、欲しいな……
起きて、ちゃんと出迎えなきゃって思うのに、身体が鉛みたいに重くて動けない。
瞼が重くて、腕が重くて、元気がでない。
ベッドで横になったまま動けずにいると、静かに寝室の扉が開けられた。
廊下の電気は付けられたのか、開かれた扉から光が差し込んでくる。
逆光になっているせいで、中の様子を伺うように入ってきた人の顔はわからない。
でも、動きや身長を考えるとずっと待っていた愛しい人ではないのがわかる。
シゲルさんじゃ、ないんだ……
「ミツ……」
僕の名前を呼ぶ人。
僕のことを昔から知ってる人。
僕の大切な幼馴染。
僕の、誰にも知られちゃいけない、初恋相手……
シゲルさんじゃなかった事への虚しさを感じると同時に、ハルくんだった事の安堵感に力が抜ける。
「ミツ、大丈夫か?」
ハルくんは僕が拒絶反応出さないよに部屋には入らず、扉の近くから優しい声を掛けてくれる。
「……ハル、くん……」
優しい彼の声に、無意識に涙が溢れ出してしまう。
ちゃんと片付けなきゃって思ってたのに……また、薬をいっぱい飲んじゃったのバレちゃった、な……
ベッドの周りには抑制剤が入っていた梱包シートのゴミが散らばっている。
どれだけ沢山飲んでしまったのか、シートの量を見ると一目瞭然だ。
「また、こんなに飲んじゃったのか……。気持ち悪いだろ?吐けそうなら少しでも吐いてしまえよ?」
明らかに呆れたような溜息が聞こえ、申し訳なさから顔を見ることができない。
ハルくんは優しいから、こんな汚い部屋を見ても怒らずに優しく接してくれる。
ちゃんと片付けれてないのに、怒らずにいてくれる。
「ミツ、気持ち悪いのか?」
僕の様子を見ながら部屋に入ってゴミを集めてくれる。
体調を確認するように僕の頬に触れようとした瞬間、微かにα のフェロモンを感じ取ってしまい、拒絶反応からハルくんの手を叩いてしまった。
「っ、あっ、ごめっ……ごめ、なさい。ごめん、僕に触らないで……」
泣くのを堪えているせいか顔が歪んでしまう。
僕にとってハルくんは大切な人だけど、番 じゃないαに触れられることへの生理的嫌悪感を拭い去ることはできない。
本能が、番 以外のα を拒絶してしまう。
ハルくんの手を叩いてしまった手をギュッと握り締め、後悔から涙が溢れ出してくる。
「……ミツ、ごめん。なぁ、アイツは?まさか、またアイツは帰って来てないのか?」
僕以外誰も居ないことはバレてしまっているのか、ハルくんの声には怒りが含まれていた。
「ふざけんなっ!アイツ、今すぐ呼び戻して……」
「ハルくんっ!ごめん。ごめんね……違うから……。シゲルさんは、悪くないから……。あの子も、今発情期 がツラいんだって。だから、あの子の側に居てあげたいんだって……。僕の発情期 が被っちゃったのが悪いだけだよ。シゲルさんは、何も悪くないから」
彼が居ない事実を自ら口にするだけで気が落ちてしまう。
でも、ハルくんにこれ以上心配を掛けたくないから、気持ちを隠すように笑みを浮かべる。
ちゃんと笑えてる自信はないけれど、これ以上、シゲルさんが怒られるのは嫌だ。
ハルくんに、シゲルさんの悪口を言って欲しくない。
「……はぁ………」
深い溜息を吐き出すのが聞こえたあと、少し困ったような笑みを浮かべて言ってくれた。
「ミツ、また飯ちゃんと食えてないんだろ?食べれそうなモノがあれば言えよ?あと、俺に出来ることならなんだってやるから」
発情期 で買い物すらままならなかった僕の為に、また色々買い込んで来てくれたんだと思う。
「ミツ、飲み物だけでもこっちに置いとくから。ちゃんと水分も取れよ?」
スポーツ飲料をベッド横のチェストに置いといてくれる。
ハルくんは、番 である彼が居ない理由も、僕の状態も、何もかも知ってて……
それでも側に居てくれる優しい人。
優しくて大好きな人。
僕とハルくんはただの幼馴染なだけ。
そんなハルくんにいつも迷惑を掛けてしまってるのは、いつも心苦しい。
でも、他に頼れる人がいないから……
ワガママだってわかってるけど、ハルくん以外に頼れる人が思い浮かばない。
いつも自分に言い聞かせる。
ハルくんに番 が出来るまで……
ハルくんに恋人が出来るまで……
こんなのダメだってわかってるけど、ハルくんから離れられない。
時々、ハルくんの【運命の番 】が自分だったらどんなに良かっただろうと思う。
僕には、シゲルさんがいるのに……
ハルくんを想うなんて、許されないってわかってるのに…
ひとりで番 である彼を待ち続ける日々に。
発情期の間、ひとりぼっちで堪える日々に……
シゲルさんと番 にならなければ、ハルくんとの関係も変わってたのかな……?
ダメだって言われてたけど、諦めずにいたら……そんな未来もあったのかな……?
運命の彼が、シゲルさんを見つけなきゃこうならなかったのに……
番 になんてならなければよかった。
人を好きになんてならなければよかった。
僕が好きになる人は、僕を愛してはくれない。
運命の番 という出会いが憎くて仕方ない。
運命の番 なんて、現れなければよかったのに……
憎くて、それ以上に悲しくて、恨み言ばかりが頭をよぎる。
「僕ってホント……嫌なヤツだよね。ごめんね。こんな僕で、本当にごめんね……」
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