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第4話*

 ポツリと口から漏れてしまった言葉に、ハルくんが悲しそうな顔で僕を見ていた。 「ミツ、ミツが悪いわけじゃない。それは、Ωとしての本能だから仕方ないだろ?俺が……(つがい)でもないαが触れれば、拒絶反応が出るのは仕方ないことだろ?」  溜息混じりに寂しそうにそう呟いたハルくん。  確かに、これはΩとしての拒絶反応だ。  (つがい)以外に身体を許さない、(つがい)だけを求めるように作り変えたΩの身体。  そんなこと、しなくてもいいのに……  αにうなじを噛まれたら成立する(つがい)という契り。  今では当たり前になったけど、第二性が発見されたばかりの時は大変だったんだろうなぁ……  寝室内に散らばったゴミを拾い、簡単にだけど掃除をしてくれるハルくん。 「ミツ、側に俺が居るとツラいだろうから、今日はもう帰るけど……。なんかあったら絶対連絡しろよ?あと、ちゃんと鍵はかけとけよ。今日、玄関の扉が開いてたから、何かあったんじゃないかって心配した」  ハルくんの心配そうな声を聞いて、本心からそう思ってくれているのがわかって内心嬉しく思ってしまう。  でも、それと同時に胸の奥がズキリと痛む。  僕は、発情期(ヒート)が始まってしまう少し前に家の鍵を閉めた。  発情期中のΩがひとりしかいないってバレたら、リスクが上がってしまう。  もし犯罪に巻き込まれても、Ωが文句なんて言えない……  (つがい)を持ったΩのフェロモンが、(つがい)以外に効かないのはわかっているけど、襲われることはある。  無理矢理犯されるだけなら、まだ優しい方だと思う。  家の物やお金を取られるくらいなら、それもずっとマシな方だと思う。  でも、最悪殺されても文句なんて言えない。  連れ攫われて、どこか知らない国や人に売り飛ばされても、文句なんて言えない。  そんな状況を作った、不用心なΩ本人とΩを放置している(つがい)が悪いんだから……  だから、シゲルさんが鍵も掛けずに出て行ったってことは、そういうことなんだと思う。 「……はぁ……」  ハルくんから伝えられた現実につい溜息が出てしまう。 「ミツ……?」  心配そうに僕の顔を見ているハルくんに、なんでもないと言うように軽く首を横に振ってから笑みを浮かべる。 「いつもごめんね。ありがとう」  僕の笑顔を見て、ハルくんは安心したのかそっと寝室を出て行った。  本当は玄関までお見送りに行きたかったけど、発情期(ヒート)中の身体がツラくてベッドから起きたくない。  ゆっくりと静かに寝室の扉が閉まるのを見送ることしかできなかった。  誰も居なくなった部屋で、悲しさと寂しさを紛らわように愛しい人の匂いがしないワイシャツを鼻に押し付ける。  どれだけ深く匂いを嗅いでも、感じるのは柔軟剤の匂いと僕の匂いだけ。  少しでも、ほんの僅かでも、大好きな彼の匂いを探るように、犬みたいに彼のワイシャツに顔を埋める。 「……はぁ、はぁ、はぁ……、シゲルさん。シゲル、さん……」  愛しい(つがい)の名前を口にし、必死に彼の顔と匂いを思い出そうとする。  目を閉じれば、シゲルさんの顔は思い出せる。  ワイシャツを握り締めれば、彼の声で僕の名前を呼んでくれた時のことを思い出せる。 「……シゲル、さん…………」  身体の奥がうずき、熱い吐息が溢れる。  火照りを逃そうと、ペニスに手を伸ばすとパンツの中は先走りでグチョグチョになっていた。  そっと指でアナルに触れると、物欲し気にヒクついて濡れているのが撫でただけでわかってしまう。  はぁ……こんな、指だけじゃ足りない。  シゲルさんの大きいので満たして欲しい。  シゲルさんに抱いて欲しい……。  チェストの引き出しに隠していたバイブを取り出し、先端を舐めて唾液で濡らしていく。  コレで自分を慰めることにも慣れてしまった。  1人で迎える発情期(ヒート)に指だけでは耐えれなかったから……  (つがい)がいるΩには、本来なら必要じゃないモノ。  でも、今の僕にはなくてはならないモノ。  バイブをある程度濡らし、アナルに当てひと息ゆっくり呼吸を吐き出すと同時に無理矢理奥まで一気に捩じ込む。 「ッ!……っい、イタっ……くっ」  前回の発情期から一度もココに何かを受け容れることはなかった。  シゲルさんが最後に僕を求めてくれたのはいつだろう……  僕のところに帰って来てくれたのは、いつが最後だったっけ……  身体は異物を拒絶するように締め付ける。  異物感と不快感、痛みに顔が歪むも発情期中のΩの身体は、それでも異物を飲み込もうと愛液を分泌させ徐々に馴染んでいく。 「くっ……ぃ、んぐっ……いた、く……ない。……痛く、ない……」  自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、浅い呼吸を繰り返しながらバイブを掴んでゆっくり出し挿れを繰り返す。 「っ!あっあぅ……、イッタ……痛い。ひっ!」  カチッとバイブのスイッチを入れるとブィーンと機械音が室内に響く。 「あぎっ……ッ、ンッ……ぁっ」  少しずつ痛みや不快感以外のモノを感じ、痛みで萎えてしまっていたペニスがゆるく頭をもたげる。  静かすぎる室内に、自分の濡れた声と機械音だけが響く。  自分の甘い声に嫌悪感が増し、口を手で覆って声を押し殺すも手の隙間から声が漏れてしまう。 「んっ……ンンッ……ッ!」  ただひたすら、無駄に訪れるΩの発情期を抑える為の行為。  不快なこの熱を逃す為だけの行為。  快感も昂揚もなく、ただの性欲処理。  誰にも助けてもらえず、(つがい)にすら見捨てられた僕の発情した身体を、無理矢理治める為だけの行為。  グチュブチュと濡れた音が響き、僕の嬌声が自分の耳に届く。 「ひっ!イッ、ああぁっ!!」  シゲルさんの服に掛けるように精を吐き出し、先端を擦り付ける。  まるで犬や猫がマーキングするような行為。  こんなことをしても、彼は戻って来てはくれない。  むしろ、彼の匂いを自ら消し去るだけの愚かな行為でしかない。  それでも、愛しい(つがい)を思って何度も同じことを繰り返す。  開放感などなく、ただ倦怠感と虚しさだけが残る行為。  何度目かの精を吐き出し、ぐちゃぐちゃに汚れてしまった彼の服。  もう彼の匂いなんてしない。  僕の出した精液の濃厚な匂いとフェロモンの匂いだけが部屋に充満している。 「また……汚しちゃった。また、洗わなきゃ……。もう、シゲルさんの匂いがしないかも……。匂い、消えちゃった……」  シゲルさんの服に吐き出してしまった自分の精液を見て涙が溢れる。  どれだけ願っても、どれだけ連絡しても、彼が戻って来てくれることはない。  10回に1度、返事はくれるもののそれは定型文のようなものだ。 『みつる、愛してる。オレもみつるを一番愛しているよ。ただ、今はあの子の側に居てやりたいんだ。みつるは良い子だからわかってくれるよね。愛してるよ』  返って来るのはいつも同じ文章だけ。  多分、コピペしてるか登録したのを送っているだけ……  ねぇ、シゲルさん……  本当に僕のこと愛してる?  僕のこと、少しは想ってくれてる?  僕のこと……忘れずにいてくれてる……?  疲労感から後片付けもできない。  汚れてしまった彼のワイシャツを抱きしめ、落ちるように眠りについた。

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