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第5話*
ミツを起こさないように、静かに寝室の扉を開けて中に入る。
汚れたワイシャツを大切そうに抱きしめ、小さな寝息を立てながら眠るミツの姿に胸が締め付けられるように痛む。
「ミツ……また色々我慢しているんだな……」
起こさないようにそっと汗で張り付いた前髪を指で梳いてやる。
微かに身動ぎするも、ミツが起きる様子は一向にない。
ミツの出した精液と微かに感じるΩのフェロモンの匂いに、何度目かの溜息が漏れてしまう。
「俺のモノになれば、こんなことにならなかったのに……」
何度も何度も、繰り返し呟いた言葉。
日に日に痩せ細り、やつれていく大切な幼馴染。
眠っていても、αである俺が側にいるとαのフェロモンを感じ取って拒絶反応が出るのか、苦し気な表情を浮かべながら眠る大切な人。
「……ごめん。助けて、やれなくて……本当にごめん」
蹲るように身体を小さく抱き締めて眠る姿に、愛しいと思う気持ちと同時に、番 相手に対して殺意が湧いてくる。
「絶対、助けてやるから……。頼むから……それまで壊れないでいてくれ……。頼むから……」
祈るような小さな声で呟き、用意していた濡れたタオルで簡単にだがミツの身体を綺麗に拭く。
無理矢理挿入し、赤く腫れてしまった秘部に軟膏を塗ってやる。
一瞬痛そうに肩を震わせるも、ミツが起きる様子はなかった。
「拒絶反応がなければ、俺が相手をしてやりたいのに……」
ミツには帰ったと見せかけ、リビングで何かあった時の為に待機していた。
ミツの切なげな声や泣き声を聞き、何度寝室に押し入ろうとしたかわからない。
俺が居ても、ミツが苦しむだけだ。と、自分に言い聞かせることでなんとか踏みとどまることができた。
「ミツ……ミツ…………」
想いを口にしたいけれど、今のこの関係を変えられると困る。
ミツをこれ以上ひとりにすることはできない。
番 という呪いのような関係を壊してやりたいが、そんなこと、誰にもできはしない。
ただ、今の俺にできることは、発情期中のミツが壊れてしまわないように側に居てやることだけ……
本来、一番側に居てやらなきゃいけないアイツがココに居ないことに苛立ちを感じる。
「ミツ……必ず助けるから……もう少しだけ、待っててほしい」
さっきよりも幾分か落ち着いた様子で眠るミツの顔を見ると、少しだけ顔色が良くなったように感じる。
起きないようにそっとミツの手を取り、手の甲に額を付け、祈るように目を閉じた。
◇ ◇ ◇
「ハルくん、αとΩは番 っていうのになれるんだよ」
ひまわりのような明るい笑顔で嬉しそうに話してくる幼いミツ。
「αとΩだと、男の人同士でもなれるんだって!Ωは、男の人でもαの赤ちゃんを産んであげれるんだって!」
いつもより興奮しているのか、頬を赤らめながら言ってくる姿が可愛らしかった。
「うん、そうだよ。ミツはΩで、俺はαだから、いつか番 になることもできるんだよ」
やっとミツが俺のことを意識してくれたんだと思い、すごく嬉しかった。
キラキラと目を輝かせながら、両手をキュッと握り締めて小さく腕を振る姿すら愛おしかった。
「ねぇ、ハルくん。僕のこと、いつか『番 』にしてくれる?」
照れたように上目遣いで見上げてくる大好きな幼馴染。
彼の言葉がどれだけ嬉しかっただろう。
ミツの言葉にどれだけ勇気を貰っただろう……
「当然だろ。ミツの『番 』は俺だ。俺だけだよ」
ギュッと強く抱きしめ、将来を誓い合った。
照れくさそうに笑う彼の顔が愛おしくてしかたなかった。
「ハルくん、僕ね。シゲルさんの『番 』にしてもらえることになったよ」
困ったように眉を下げながらも嬉しそうに微笑む大切な幼馴染の顔に、心臓が握り潰されるかと思った。
「ハルくんには、きっとすっごく素敵な人が『番 』になるんだろうなぁ~」
ミツの告白が信じられず、目の前が暗くなるのを感じた。
「ミツ……あの日の、約束は……?」
異様に口の中が乾いているような気がした。
言葉が上手く出てこない。
絞り出すように口にした言葉を聞いて、ミツは困ったように笑った。
「子どもの戯言だよ……。僕も、ハルくんも……もう大人だもん。ちゃんと、自分に見合った人と『番 』にならなきゃ……」
そう言って、彼は俺にアイツを紹介してきた。
幼い頃から何度も会ったことがある。
俺の従兄弟であり、俺のことが大嫌いなアイツ。
アイツの勝ち誇った笑みが、今でも忘れられない。
でも、ミツが幸せなら……
ミツを幸せにしてくれるなら……
俺は、ミツを諦めるしかなかった。
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