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第10話

「ハルくん、いつも本当にごめんね。ご飯とか色々、いつもありがとう」  前回の発情期が終わってから2週間。  やっと仕事も落ち着き、忙しいハルくんにわざわざ都合を付けて貰って、今日は久しぶりに外出した。  ついこの間までの寒さがウソのように、暖かい日々。  僕が住んでいるマンションから徒歩15分のところにある、暖かく落ち着いた雰囲気の喫茶店。  僕のお気に入りのお店。  昔ながらのナポリタンが絶品で、前はよく彼とも一緒によく来ていた場所。  最近は、ハルくんにお礼を言う時にしか来れてない場所。  大好きな場所なのに、ここに来ると、いつも寂しくなっちゃって……  ひとりでは、なかなか来れなくなっちゃった場所。  注文したレアチーズケーキにブルーベリーソースを付け、口に運ぶ。  ブルーベリーの甘酸っぱさとレアチーズケーキの爽やかな酸味が口いっぱいに広がり、つい頬が緩んでします。 「んぅ~、美味しい。やっぱりここのケーキは美味しいよ」  僕が嬉しそうにケーキの感想を言うと、ハルくんは眉を下げて少し困ったような笑みを浮かべていた。 「ミツが元気になって良かった。こっちも美味いから後で食べてみろよ」  ハルくんの前には、色とりどりのフルーツの乗ったフルーツタルトが置かれている。  イチゴやオレンジ、洋ナシにブドウなど果物がツヤツヤと輝いていて、その下のカスタードクリームとクッキー生地のタルトが美味しそうだ。 「ありがと、ハルくん。ホントに……いつもありがとう」  ハルくんの優しさが、僕の心に沁み込んでくる。  あの日から、僕はまたひとりぼっちだ。  朝起きて、彼が居ないことを確認する。  仕事をして、彼が帰って来ないことを確認する。  寝る前に、次はいつ帰って来てくれるのか?って、連絡を入れる。  既読にもならない。返事もない。見ても貰えないメッセージ。  無意識に溜息を漏らすと、ハルくんが眉間に深い皺を作って心配そうに言ってきた。 「なぁ、アイツはちゃんと帰ってきてるのか?ミツ、大切にして貰えてるのか?」  ハルくんの言いたいことは、なんとなくわかる。 「アイツ、まだ『運命の(つがい)』とか言ってきたヤツのところに入り浸ってないだろうな?」 「ハルくん!」  ハルくんの言葉を遮るように大きな声を出してしまった。  ハルくんは、一瞬驚いた顔をしていたけど、バツが悪そうに後頭部を手で掻き、視線を逸らしている。 「ありがとう。大丈夫、すっごく大切にして貰ってるよ。この間の発情期の時もハルくんが帰った後に来てくれたんだ。いつもひとりにしてごめん。って、謝ってくれたんだ」  ティーカップの紅茶に砂糖を1杯だけ足し、スプーンでカチャカチャと混ぜる。 「その後もずっと一緒に居てくれたし、優しくしてくれたから……」  ハルくんを安心させようとできるだけ幸せそうな笑みを浮かべる。 「それに、次の発情期(ヒート)の時はずっと一緒に居てくれるって、言ってたから。約束したから……。だから……だから、大丈夫、だよ」  頑張って笑顔を作って、幸せそうな番の話しをしてみたのに、徐々に語尾が小さくなってしまう。 「ミツ……」  ハルくんは一瞬困ったような顔をしていたけど、すぐにいつもの笑みを浮かべてくれて、優しく頭を撫でてくれた。 「うん。なら、安心だな。でも、無理するなよ?」  ハルくんには、きっとこの噓はバレてしまってるんだと思う。  でも、これ以上ハルくんに甘えるのはいけないことだから……  僕は、ハルくんの番じゃないから……  ハルくんの番には、なれなかったから…… 「ありがとう、ハルくん。ハルくんの(つがい)はどんな人になるんだろ?おじさんも早く孫の顔が見たい。って、前に言ってたよ」  小さな棘が胸に突き刺さるのを感じるも、気付かないフリをする。  僕には関係のないことだから…… 「俺は(つがい)なんて必要ないんだよ。それより、ミツの方が色々心配だからな。ミツ、すーぐに色々我慢するからな」  クスクス笑いながら僕の鼻の頭を軽く指先で突いてくる。  不満気にムッとした顔をするも、ハルくんに笑われてしまうだけだった。  ハルくんと居る時間は、すっごく心が安らぐ。  ずっと一緒に居たいけど、僕にはそんな資格はない。  ハルくんの(つがい)が、早く見つかればいいのに…… 「ミツ……?」  心配そうな顔で見つめてくるハルくんに、何でもないというように微笑みかける。  すると、ハルくんは困ったような表情を浮かべ、小さく溜息を漏らした。 「ミツ、仕事で来週から3ヶ月くらい出張が入った。その間、発情期(ヒート)の時でも様子を見に行ってやれない。当分会いに来れなくなるんだけど、大丈夫か?」  本気で心配してくれているのか、真剣な眼差しで僕を見つめてくる。 「だ、大丈夫。大丈夫だよ。次の発情期(ヒート)の時は、シゲルさんが一緒に居てくれるから……」  本当は不安でしかたない。  ハルくんも居ない、シゲルさんも帰って来てくれるのかわからない。  そんな時に発情期(ヒート)なんてきたら、どうなってしまうんだろう…… 「仕事は今まで通り在宅で出来るのを回すから、無理だけはするなよ?あと、何かあれば林田に連絡してくれたらいいから。俺に直接電話してくれてもいいから」  いつも僕のことを真剣に考えてくれる優しいハルくん。  でも、僕とハルくんはただの幼馴染でしかない。  それ以上でも、それ以下でもない。  これ以上、ハルくんに迷惑をかけるのは違うと思う。  これは、僕とシゲルさんの問題だから……  ハルくんにこれ以上甘えちゃ、将来、ハルくんの(つがい)になる人に悪いから……  だから………… 「いつもありがとう。仕事、ハルくんが斡旋してくれたから、今も働くことができてるんだよね。Ωだから、普通の仕事に就くことすらできなくて……。ホント、Ωって子どもを産む以外役立たずだよね」  自分で言っていてズキリと胸が痛む。 「ハルくんもお仕事気を付けてね。忙しいと思うけど、無理だけはしないでね」  僕の言葉にハルくんは大きく頷き、ポンポンと頭を撫でてくれた。  近況報告やこの間のお礼も終わり、忙しい彼はそのまま次の仕事へ戻って行った。  本当はこの時間を作ってくれるのも大変だったんだと思う。  でも、いつも発情期(ヒート)明けにこうやって会う時間を作ってくれる。  ポツンとテーブルにひとり残され、両手でティーカップを包みながら残っていた紅茶をチビチビと飲む。 「帰りたく、ないな……」  本音がポツリと口から洩れてしまう。  帰っても誰も居ない部屋。  シゲルさんと僕の2人のための家なのに、あの家にいるのはずっと僕ひとりだけ。  どれだけ待っても、誰も帰って来てくれない部屋。  帰っても、誰も待っていてくれない寂しい部屋。  いつの間にか残っていた紅茶を飲み干してしまい、空になったティーカップをソーサーの上にそっと置く。  ここで時間を潰す理由がなくなってしまった。

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