13 / 34
第12話*
ベッドの上で山積みになった巣の中に、氷のように冷たく冷え切ったミツの手を見つけた。
俺の手を弱々しくも握り返してくれたことに安堵するも、このまま巣を崩してミツを引きずり出すことはできない。
Ωにとって『Ωの巣』は最大限の愛情表現だ。
Ω本人が巣を崩すことも、番 相手が巣を崩すことすらあまり良いこととはされていない。
ましてや、幼馴染みでしかない赤の他人の俺が、ミツの巣を崩すことなんてできるはずがない。
「ミツ……出て、来れるか?」
明らかに弱りきった様子のミツに、内心焦りが募る。
今すぐにでも巣を崩してミツの顔を確認したい。
今すぐミツを抱きしめて、自分の気持ちを受け開けたい。
そんな、欲望にまみれた衝動に駆られるも、なんとか気持ちを落ち着かせ優しく問いかける。
どれだけ時間が掛かってもいい。
ほんの少しだけでもいい。
ミツが自ら顔を出してくれるのを、じっと辛抱強く待ち続けた。
どれくらい経ったのかわからない。
もぞもぞと時間を掛けてゆっくりゆっくりと巣を崩すように這い出て来てくれたミツに安堵した。
でも、その気持ちが間違いだったのだと、ミツの顔を見た瞬間後悔の念に苛まれる。
最後にミツと会ったのは、たった2ヶ月半前のあの喫茶店でお茶をした時だ。
発情期 も明け、落ち着いた様子のミツに心から安堵したのを覚えている。
いつも俺のことを気遣ってくれる、優しくて可愛い、俺の大切なΩ。
そんな大切な幼馴染みの変わり果てた姿に、息が止まりそうになった。
力なく這い出て来てくれたミツは、虚な目をしており、ボーっとした様子でペタンとベッドの上に座り込んだ。
発情期 の時と同様にまともに食事も取れず、体力も使い果たしているのか痩せこけた顔をしていた。
だが、いつもと全く様子が異なる。
ミツの両頬は抉れたような傷ができており、未だに乾ききらない血が流れていた。
青白い肌に鮮やかすぎる赤が映え過ぎていて、胸が締め付けられる。
恐る恐るミツの手を優しく握ると、微かに眉を顰めたのがわかった。
見ると、ミツの細く綺麗な手の爪に赤黒いモノが挟まっている。
爪も何枚か剥がれ落ちていたり、捲れ上がっているものがあり、見ているこっちが痛々しさに目を背けたくなる。
「……ミツ」
俺の口から溢れた声は、微かに震えていた。
何も身に付けていない、ミツの白く綺麗な肌には幾つもの傷ができている。
腕や脚、背中にも頬と同じような引っ掻いた傷や歯型が無数に刻まれていた。
瘡蓋 ができても、繰り返し同じ場所を引っ掻いたのか、抉れた皮膚は化膿して膿んでいる部分すらある。
何度も、何度も、何かを耐えるように刻まれた自傷の痕。
ミツの心が限界なのを、俺はミツのこの姿を見るまで気付いてやることもできなかった。
「……ッ!」
余りの惨劇に言葉が出てこない。
怒りで手が震えてしまい、奥歯を強く噛み締めてなんとか怒りを堪える。
怖がられることも、拒絶されることさえも考えられなかった。
ただこの状態のミツを抱き締めずにはいられなかった。
「なんで、なんで……」
愛してやまない、愛しいΩの姿に涙が溢れ落ちる。
「…………」
抱き締めたミツが、力なく抱き返してきたことに驚きと同時に嬉しさが込み上げてくる。
でも、そんな気持ちを裏切るようにミツの口からは違う名前が溢れた。
「……し、げる……さん」
掠れた声で泣きながら縋り付くように抱きついてきたミツ。
こんな時でも、ミツはアイツの名を呼ぶのか……
「し、げる……さん、嫌い。キライ……ごめ、なさぃ……嘘、だから……良い子、してるか……捨て、ないで……」
俺にしがみ付きながら、小さく震えながら涙を流すミツに胸が張り裂けそうになる。
つまり、こんな状態のミツをアイツは放置していたのだ。
俺からミツを奪ったくせに、番 であるアイツはミツの元に戻って来ていない。
「……いた、くても……がま、ん……するから……しげ、る……さ……」
涙が頬を伝い落ちると、頬にできた傷の血と涙が混ざってポタポタと淡い赤色の雫が落ちてシーツを汚す。
まるでミツの心から血が流れ落ちているように見えた。
「ミツ……」
普段だけではなく、発情期 の時ですら帰って来ないアイツ。
本当にミツのことを愛してるのかすらわからないクソ野郎。
普段の俺なら、アイツへの怒りだけで済んでいた。
でも、傷だらけになり、心まで壊れそうなミツの姿を見て、俺も抑えることができなかった。
ミツがアイツと俺と間違って呼ぶのは状況的に仕方ないはずなのに、あんなクズと間違われたことに、今までずっと我慢していた欲望が限界に達してしまった。
ともだちにシェアしよう!

