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第16話
気付くと、見覚えのある家の玄関の前にポツンと立っていた。
多分、僕はまだ夢を見ているんだと思う。
目が覚めたら発情期 のせいで全身が渇いたように飢え、番 を求めてフェロモンを出し続ける。
耐えられず気を失えば、見たくない夢をエンドレスで見させられる。
起きていても、寝ていても、苦痛でしかない。
今回はいつの記憶なんだろ?
多分、ハルくんの実家だったと思う。
受験も終わって、卒業間近のあの日、僕はいつも通りハルくんの家に向かった。
約束はしていなかったけど、ほぼ毎日一緒にいたから……
でも、あの日だけはいかなきゃ良かった。
違う。もっと早く知ってたら、理解していれば、傷付くことなんてなかったんだと思う。
中庭で楽し気に寄り添いながら話をしているカップル。
綺麗な真っ直ぐな黒髪に、儚気な雰囲気の彼女は、一緒にいる人に向かって優しそうな微笑みを浮かべている。
彼女に微笑まれて楽しそうに笑っている人は、僕がよく知っている人だった。
美男美女の2人は、誰が見てもお似合いのカップルに見えた。
僕と一緒にいる時よりも、優し気な眼差しで彼女を見つめ、髪に付いてしまった花弁を指先でそっと取ってあげている。
「みつるくん。来て……いたのか……」
いつの間にか僕の背後に立っていた男性が驚いたような、困った表情を浮かべて僕に声を掛けてきた。
「……見て、しまったのか……」
僕がどんな表情をしていたのかはわからない。
でも、おじさんは心配そうな顔をしながら、慰めるように僕の肩をポンポンと叩いて説明してくれた。
「彼女は、春輝 の婚約者であり『番 』になる方だよ。蛯名製薬のお嬢さんで、昔から春輝 とは仲が良くてね」
初めて知らされる事実だった。
ずっと一緒にいたのに……ずっと、彼を見てきたのに……
僕は、何もわかっていなかった。
「みつるくんも春から大学生か……早いものだな。なら、君にもわかるだろ?春輝 の番 になる者には、それなりの人でなくとはならない」
僕の肩を掴み、幸せそうにしている2人を指差して教えてくれる。
「君では、春輝 の番 にはなれない。君も、君に見合った相手を探しなさい」
目を開いてちゃんと前を見ているはずなのに、目の前が真っ暗になったような感覚だった。
おじさんの言葉が何度も頭の中を駆け巡る。
わかっているのに否定したくて……
否定したいのに、声が出なくて……
ただただ、静かに涙が溢れ落ちた。
◇ ◇ ◇
目を覚ますと見慣れない天井があった。
綺麗で清潔感のあるシーツに、ふわふわの枕。
白い薄手のカーテンが静かに揺れている。
辺りを見渡してみて、自分の家ではないことだけは理解できた。
でも、今日が何日で、今何時なのかよくわからない。
頭に白いモヤがかかっているような感覚のせいか、ついボーっとしてしまう。
「おき、なきゃ……ッ、いたっ……」
起き上がろうと手をついた瞬間、ズキンッと指先に痛みを感る。
痛む手を見るといくつかの指に包帯が丁寧に巻かれている。
ただ、包帯が巻かれているのは片手だけでなく、反対の手も同様で、少し動かすだけでも針を刺されたようにズキズキと痛んだ。
確認してみると、怪我をしているのは指だけではなかった。
腕や脚、背中や頬にも丁寧に治療をして貰った痕がいくつもある。
「はぁ……また、傷を作っちゃったんだ」
自分が行った自傷行為を思い出し、溜息が漏れる。
ポスンッとまたベッドに倒れるも、フワフワも枕が身体を受け止めてくれた。
ふんわりと柔らかく清潔なベッドの上にいるのに、気分は最悪だった。
「シゲルさんに、嫌われちゃ…………手遅れだよね。本当はもうとっくに嫌われてると思うから……。ホント、今更だよね……」
全てを諦めたような本音が口から漏れ、自嘲的な笑いが出てくる。
「……僕、捨てられたんだなぁ……」
そっと目を閉じて、溜息と共に言葉を口にする。
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