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第27話

 俺の腕の中で気を失ったミツをギュッと抱きしめる。  青白くなってしまったミツの頬を撫で、呼吸を確かめる。  さっきは過呼吸のような変な音を立てていたが、今は多少落ち着いているようだった。  小林のいる診察室に戻ろうかと考えたが、アイツがいるこの場から一刻も早く去る方がミツのためだと考え直す。  ミツを横抱きにして急いで車に戻ろうとした瞬間、ニヤニヤと嫌味な口調で声を掛けられた。 「春輝(ハルキ)、久しぶりだな」  振り返るとシゲルが性根の悪そうなΩの腰を抱きながら俺たちの方をニヤつきながら見ていた。 「こんなところで会うなんて偶然だな。まだソレにご執心だったんだな」  本来の(つがい)であるミツが目の前で倒れたというのに、コイツは何事もなかったかのように話し掛けてくる。  俺からワザとミツを奪ったくせに、心配する素振りすら一切ない。 「そんなにソレが大切なら、持っていっていいぞ。俺のお古だけどな。離婚はとっくに成立しているし、オレにとって大切な(つがい)は希だけだからな。ソレの為にわざわざ別邸を置いとくのも無駄でしかないから、要るなら持って帰れ」  俺の愛してやまないミツを犬や猫のように自分の都合だけで捨てようとするアイツに怒りだけでなく殺意が芽生える。 「新しい家族も増えるから、さっさと処分したかったんだよなぁ~。一応、仮にも(つがい)だったから面倒を見てたが、最初からアレが可愛いなんて思ったことすらないしな」  黙れ。 「Ωのくせに平凡な顔なうえに、セックスも下手。可愛い希にはできない手荒なことは出来るけど、それだけだからな」  黙れ。 「知ってるか?俺が可愛がってやってるのにソイツ、一回もイけないような不感症なんだぜ?まぁ、叩けばイイ締め付けはするが、それだけだな」  黙れ! 「お前も健気だよなぁ~。俺に好きな子取られたっていうのに未練がましく付きまとってさ……。最初は返すつもりもなかったけど、そんな傷物でいいならくれてやるよ」  俺の肩をポンっと叩き、高笑いをしているシゲルを殴ってやりたい。  アイツの言う胸くその悪い発言に、頭の中が怒りで真っ白になっていく。  このままコイツに掴み掛かり何度も殴ってやりたい衝動に駆られるも、腕の中で気を失っているミツを放置することなんてできない。  それに、気を失っているとはいえ、これ以上ミツにコイツらの汚い言葉を聞かせたくない。 「……お前がミツを要らないと言うなら、俺が貰う。元々ミツは俺の、俺だけの(つがい)になるはずだった。頼むから……これ以上、コイツに関わらないでくれ……」  怒りで目の前が真っ赤になるも、シゲルに頭を下げて頼み込む。  これ以上ミツがコイツらに苦しめられる姿を見たくない。 「ふっ……あぁ、いいだろう。そんなに言うなら春輝(ハルキ)にソレをやるよ。よかったなぁ~。傷物でも長年の想い人が手に入って。まぁ、元(つがい)持ちのΩがどれくらい保つのかわかんねぇーけどな」  高らかに嫌味な笑い声を上げるアイツらから、逃げるようにミツを抱えて車へと戻った。  ◇ ◇ ◇  会計などはまだ済ませていなかったが、後で小林に事情を説明すれば問題ないだろう。  車の後部座席にミツを横に寝かせ、上着を掛けてやる。  ミツの顔色はさっきよりは少しマシに見えるが、明らかに苦痛の表情を浮かべている。 「……ミツ、ごめん。まさか、アイツらがここにいるなんて……」  苦しげに眠るミツの額に自分の額をコツンと当て、何度も謝罪の言葉を口にする。 「まだ、知らなくてよかったのに……。知りたくなかっただろ?ごめん。守れなくて、本当にごめん」  シゲルとあのΩの間に子どもが出来ていたことは知っていた。  半年も前に離婚が成立していることも知っていた。  アイツが……シゲルが、ミツを想っていないことも……  邪魔だと思っていることも、全部知っていた。  ミツが目覚めなかった間に、全て調べていた。  だから、あとでちゃんと説明するつもりだった。  ミツの体調と精神が安定してから……ひとつひとつ、様子を見ながら話すつもりだった。  ただ、あの状態のミツに知られるわけにはいかなかった。  自ら傷を作り、精神的にも身体的にも憔悴しきったミツに、言えるわけがなかった。  うなじにまだ(つがい)の証が残っているミツに、「アイツはミツを(つがい)でも、家族とも思っていない」なんて……言えるわけがなかった。 「辛い思いをさせてごめん。でも、今は……今だけは……幸せな夢を見ていてくれ。こんな酷い現実、全て忘れてくれ……」  血の気の引いたミツの手をぎゅっと握り、手のひらに口付ける。 「早く手を打たないと……。これ以上、ミツを苦しめるアイツらを許すことなんてできないよな……」  深い溜息と同時にずっと考えていたことを実行に移す決意を固める。  俺はどうなろうとかまわない。  ミツが……幸せになれるなら……俺は……  家に着いても眠り続けるミツを抱き抱えてベッドに寝かせる。  眠りながらも涙をこぼすミツの頬をそっと撫でて涙を拭う。  過度のストレスのせいで眠り続けるミツの様子に罪悪感が増し、何度も謝罪の言葉を口にした。 「ミツ……ごめん。俺はずっとそばにいるから……。俺は、ミツをひとりにはしないから……だから……」  祈るようにミツの額に口付けを落とす。  昔から大好きだった愛しいΩ。  俺の初恋の人。  恋焦がれた彼が、自分を受け入れてくれることだけを願う。

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