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第28話

 目を覚ますと全然知らない部屋だった。  ふかふかの清潔なベッドに、濃紺の落ち着いた色のカーテン。  白い部屋は荷物が整理されており、スッキリとしている。  僕とシゲルさんと家の寝室とは大違いだ。  まぁ、汚れていたり乱雑になってるのは僕のせいなんだけど……  僕が無意味に巣を作ってしまっていたから……  それにしても、どれくらい寝てたんだろ……  すっごく嫌な夢を見た気がする。  シゲルさんとあの子の間に赤ちゃんが出来て、2人がすっごく幸せそうにしている夢。  僕が入る隙間なんて存在しなくて……もう要らない。って、言われてる気がした。  (つがい)としての存在価値もない。シゲルさんに愛されてもいない。  本当はずっと前から気付いていたのに、知らないフリをしていた。  愛されてないなんて……最初から好かれていないなんて、思いたくなかったから……  こんなこと、自業自得なのに……  知らないフリをしていた。  これから……どうしよう。  気持ちの良い枕に顔を埋めて考え込む。  どこか知っている匂いに、なんとなく心が落ち着く。  あの家に……シゲルさんとの家に帰るべきなのかな……?  帰ったところで、彼は僕の元には帰って来てくれないのに……  あの家に帰ってどうするんだろ……  新しいところに引っ越す?  でも、(つがい)に捨てられたΩなんかに部屋が借りられるのかな?  仕事はしてるけど、身元保証とか……  発情期(ヒート)の時とかはどうすればいいんだろ……?  実家に戻るとか……?  お父さんとお母さんに迷惑をかけちゃうのは……なんか、嫌だな……  今後のことを考えるだけで不安と情けなさから溜息が漏れてしまう。  実家に戻ったところで発情期(ヒート)が治るわけじゃないし……  発情期(ヒート)がきた時、ひとりでどうすればいいんだろう……  あんな醜い姿、両親には見られたくないな……  何処に行けば……、どうすればいいのかわからない。 「あぁ……、今の僕みたいな要らないモノの為に、あの病院があるのかな?Ω専用の……精神病院」  ふと思い付いたのは、前にテレビで取り上げられていた病院だった。  入院施設のある精神病院。  (つがい)が亡くなったり、理由があってひとりぼっちになってしまったΩが入ることの出来る病院。  そこに行けば、誰にも迷惑は掛けず静かに死ぬことができるんだと思う。  でも 「ハルくんとは、離れたくないな……」  ぽつりと口から溢れてしまったのは、長年胸の奥底に隠し続けていたハルくんへの恋心だ。  誰にも知られちゃいけない、僕だけの本当の気持ち。  ハルくんに頼めば……そばに居させてくれるんじゃないかな?  ハルくんは優しいから、こんな状況の僕を見捨てることができない。  カッコよくて、優しくて、お人好しのハルくん。  α で誰からも好かれる素敵な人。  僕みたいな捨てられたΩが一緒に居ていい人じゃない。  でも……ハルくんにお願いしたら……  自分の甘い考えに溜息が出る。  こんなんだから、シゲルさんに嫌われてしまったんだと思う。  膝を抱えるように小さく蹲り、シーツを握りしめる。 「先生はあんなこと言ってたけど、また発情期(ヒート)が来たらどうしよう……。もう、ひとりで耐えるのは……怖いなぁ……」  誰にも聞かれない僕の声が室内に響く。  コロンと寝返りを打ち、この部屋の扉が目に入ると同時に、ベッドの端に置かれていた上着が目に入る。  見覚えのある黒のジャケット。  あぁ、ここ……ハルくんの家なんだ……  ジャケットを見ただけで、この部屋が誰の部屋なのかわかってしまった。  落ち着く匂いが誰のものなのかを理解してしまった。 「……ちょっとだけ、借りても大丈夫かな?」  誰もいないのをいいことに、ハルくんの物らしい上着に手を伸ばし、匂いを嗅ぐ様に抱きしめる。  ホワイトムスク系の温かみのある石鹸の匂いに、お腹の奥が熱くなるのを感じる。  シゲルさんの匂いなんかよりも、ずっと落ち着く匂い。  なんでだろ..……  (つがい)じゃないのに……  ジャケットに目を閉じて顔を埋め、胸いっぱいに吸い込む。  目を閉じていても、ハルくんの顔がありありと脳裏に浮かんでくる。  優しい笑顔の素敵な僕の初恋の人。  ハルくんが、僕の(つがい)だったら良かったのに……  ガチャッ  誰にも見つからないと思っていたのに、急に扉が開いて誰かが入ってきた。  慌てて抱き締めていた上着をシーツに隠し、寝ているフリをする。 「……ミツ……、まだ、目が覚めないのか……」  ベッドに腰掛けながら僕の額に手を添えて、悲しげな声で話すハルくんの声に胸が締め付けられる。  本当はもう起きてるのに、タヌキ寝入りしちゃってるのがバレたらどうしよう……  ううん。バレても、いいよね。  だって、これ以上ハルくんに迷惑かけられないもん……

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