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第29話

「……ハル、くん。ごめんね、迷惑かけちゃって……本当にごめんね」  寝たフリでやり過ごそうかと思ったけど、ハルくんの声を聞いているとそんなことはできなかった。  目を開けて、ゆっくり身体を起こして、ハルくんの目を正面から見つめる。  ハルくんは一瞬驚いた顔をしていたけど、すぐに安堵したような笑みを浮かべていた。 「ミツ、もう起きても大丈夫なのか?」  僕の頬や首筋に手を添えて熱を測ってくれる。 「熱は下がったみたいだな……。良かった」  自分では気付いてなかったけど、熱を出して倒れていたみたいだった。  多分、病院であの2人に会ったせいで、色々限界がきちゃったんだと思う。  だから、やっぱりアレは夢じゃなかったんだと思う。  僕は、シゲルさんに捨てられてしまった。  もう要らない。って、ハッキリ言われたんだと思う。  気を失っていたけど、微かに聞こえていたハルくんとシゲルさんの会話。  ハルくんは怒っているような、憐れんでいるような声だった。  その分、シゲルさんの声は嬉しそうだった。  やっと僕を捨てることができたから……  大好きなあの子を選ぶことができたから…… 「うん、大丈夫。ごめんね。迷惑をかけちゃって……」  ひんやりとしたハルくんの手が心地よくて、ハルくんの手に擦り寄りながらそっと目を閉じる。 「不思議……。(つがい)相手じゃないのに、α なのに……ハルくんだと触って貰っても怖くない」  ハルくんの手に自分の手を重ねるように添えて目を開く。 「ハルくんの手、気持ち良い。もっと、触れて欲しくなっちゃう……」  こんな我儘言っても迷惑になるだけなのに、つい本音が口から溢れた。 「……やっぱり。僕、もうシゲルさんの(つがい)じゃなくなったっぽい……。ハルくんに触られても、もう拒絶反応も出ないんだ……。本当、(つがい)って……なんなんだろ……」  嬉しいような、悲しいような……複雑な感情が渦巻き、泣きそうな笑みなってしまう。 「僕、これからどうしようかな……。どうすれば、いいのかな……?」  ついポロッと本音が溢れてしまう。  ハルくんにこんなこと言っても、迷惑でしかないのに…… 「ごめんね。こんなこと言っても、困っちゃうよね」  すぐに謝罪の言葉を口にし、ハルくんの手から自らの手を離す。 「看病してくれてありがとう。元気になったし、家に帰るね」  できるだけいつもと同じ笑顔を作りながらお礼をいい、ハルくんの手を退ける。 「僕、引っ越そうかな……。誰も僕のことを知らないところに……。シゲルさんたちともう2度と会わない場所に……」  目を細めてできるだけハルくんの顔は見ないようにする。  ハルくんの顔を見てると、頼りたくなっちゃうから…… 「仕事はどうしようかなぁ~。(つがい)に捨てられたΩでも働かせて貰える仕事ってあるのかな?資格、色々取っとけばよかったぁ~。経理は出来るけど、Ωだとなかなか仕事なさそうだよね?」  できるだけ明るく話す。  これ以上ハルくんに心配をかけないために…… 「でも、なんとかなるよね。僕のフェロモン、シゲルさん以外には効かないはずだから発情期(ヒート)事故も起きないと思うし♪旅に出るのもいいかも!貯金、そこそこ貯めてたんだよね。結婚してから1度も旅行も行ったことなかったし、良い機会かも……」  ポンッと手を打ち、良い案だよね。と同意を求める。  ハルくんは、何も言ってくれない。  ただ静かに僕の話を聞いてくれていた。 「ハルくん、今までありがとう。いっぱい迷惑かけちゃってごめんね?」  もう1度ハルくんに謝り、このままベッドから抜け出そうとしたらハルくんに抱き締められてしまった。 「ミツ……ミツが嫌じゃないなら、このままここに住まないか?」  ずっと黙って僕の話を聞いてくれていたのに、泣き出しそうな声で問われる。 「俺は、ミツと離れたくない。ミツにはずっとそばに居て欲しい。俺のそばに居て欲しい」  ハルくんからの思いがけない告白に驚き過ぎて何を言えばいいのかわからない。 「え……でも、僕……」  さっきよりも抱きしめる力が強まり、ハルくんの吐息が耳にかかる。 「俺は、ミツが好きだ。ずっと、ミツのことが好きだったよ。愛してる。本当は、最初から俺がミツの(つがい)になりたかった……」  ハルくんの声が微かに震えている気がする。 「ミツがアイツに『(つがい)にしてもらう』って言った時、俺の気持ちを伝えればよかった……。無理矢理にでも、俺の(つがい)にしてしまえばよかった……。ずっと、ずっと……後悔していた」  初めて聞いたハルくんの気持ち。  ハルくんはもっと素敵な人を探しているんだと思ってた。  僕のことはただの幼馴染で、ハルくんが優しいから気にしてくれてるだけだと思っていた。  ずっと、僕たち両想いだったの……?  あの時諦めてなければ、こんなことにならなかったの……? 「ハルくんが、僕のこと、好き……?ホントに……?夢じゃ、なくて……?」  嬉しい気持ちと不安が混じり合う。 「僕も……僕も、ずっと、ずっと……ハルくんが好きだった。(つがい)にして欲しかった」  言葉を紡ぐたび、頬を涙が伝い落ちる。 「おじさんに僕とハルくんじゃ生きてる世界が違うって教えてもらったのに……。理解して、諦めたはずなのに……。諦めきれなかった」  言葉が詰まりそうになる。  ハルくんにだけは言っちゃいけない僕の気持ち。  知られちゃいけない、僕の恋心。  シゲルさんをハルくんの代わりにしちゃったから……。  シゲルさんに嫌われてもしかたないこと、傷付けることをしちゃったから……。ごめんなさい。ごめん、なさい……  次から次へと溢れ出す涙を止めることができなかった。  離れなきゃって頭では理解してるのに、それすらできなくて、ハルくんに縋りつきながら泣いた。 「僕……最初から、ハルくんと(つがい)になりたかった。ハルくんの赤ちゃん、産みたかった。ごめ、なさい……。汚いΩでごめんなさい。役立たずのΩで、ごめんなさい……」  一度溢れ出した思いは止めることも出来ず、何度も何度も謝罪の言葉を口にした。  ハルくんはそんな僕を抱き締めてくれて、後頭部を撫でながら何度も「愛してる」って言ってくれた。 「ミツ、俺がもっと早く助けていれば……。最初に気持ちを伝えていればよかったな。ごめん。でも、ありがとう」  ハルくんの綺麗な目からも涙が零れ落ちていた。  僕たちは、お互い離れないように強く抱きしめ合い、泣きながら口付けをした。  ずっと隠していた気持ちを伝えるように、何度も何度も、想いを込めてキスをした。  この日、初めて僕は好きな人に素直になることができた。

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