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第42話 別れへ_総領からの命令2
「お前のお姉さん、亡くなってるのか? でも、お前は最上から依頼を受けて潜入捜査に来ているはずだろう?」
光彰が驚いて八木へ尋ねると、彼は「そうだ」と頷いた。そして手に持っている写真の女性の顔を、光彰によく見えるようにと差し出す。
「俺と叔父は、千夜さんの死の真相についての調査と、転落事故についての調査を依頼されて動いている。その被害者の中に、俺の姉さんがいるんだ。千夜さんの後から温田見の事件の前までの間にも、数名の生徒が亡くなっている。お前、俺がすでに成人してるのは知ってるだろう? それまでは別の高校に通ってたんだ。でも、姉さんの事件の調査がろくにされなかったことに納得がいかなくて、ここへの編入試験を受けた。それを辰之助さんが聞きつけて、うちの叔父に調査依頼をかけたんだよ」
八木には一つ年上の姉がいた。この学年で八木の一つ年上といえば、千夜と同級生だということになる。つまり、この学園では同じ学年の女子生徒が、一月に一人転落事故で死んだことになる。それを調査しないというのは、どう考えても異常な事態だ。
「お前がその優等生キャラを貫き通せたのは、お姉さんの事件の真相を明らかにしたいという思いがあったんだな」
「そうだ。千夜さんとの件は、俺も調べていくに連れて才見に同情した。戸田が彼をいいように使わなければ、誰も不幸にはならなかったのかもしれない。でも、だからと言って姉さんが死んで当然だなんて思えない。千夜さん以外の人が落ちて死んだのは、ただの憂さ晴らしだ。お前は、自分のストレスを人にぶつけて死なせ、それを楽しんでいた。そんなやつが自分の望む結末を迎えるなんて、俺には到底許せない」
八木は許せないと言いながら怒りに震えていた。しかし、その顔は才見への憐憫の情に溢れている。尊敬していた師に一方的な恋心を抱かれた彼は、千夜との恋を諦めさせるために支配された。誰にも相談できず、逃げられない苦痛の中を生きながらも、千夜を唯一の拠り所としていた。
ギリギリの精神状態で生きながらも、その恋人に自分の秘密を知られてしまった時の彼の気持ちは、一体どんなものだったのだろうか。それを推し量って同情しているのだろう。
「許せない、許せないんだ。でも、このままあんただけが捕まるのも納得がいかない。元々は俺も姉もホログラフィの研究が進んでる戸田ゼミを目指していた。だから、あんたが憧れの戸田教授に反抗出来なかった気持ちも、少しはわかる。研究者として憧れてた人が悪人だっただなんて、そんなに簡単に受け入れられるものじゃない。特にあんたは戸田に可愛がられてたんだろう? それなら、力になりたいと思ったのも分からなくもない。でも、そのやり方が間違っていたって気がついた時に、勇気を持って正道に戻って欲しかった。それだけは残念でならない」
「……ねえ、八木くん」
それまで黙って話を聞いていた才見が、ポツリと八木に問いかけた。その表情からは、全ての感情が抜け落ちてしまったように見える。八木の口から語られる情報を処理することを、脳が拒否して思考が停止しているように見える。
「……戸田が間違ってるのはわかるよ。でも、僕は何を間違っていたんだい?」
彼は夢を見ているような目つきのまま、抱きしめていた千夜からそっと手を離した。そして、ゆっくりと立ち上がると通路側へと顔を向け、生徒たちに背中を向けたまま訥々と想いを口にし始めた。
「温田見くんは、柳野くんを好きになったんだ。僕がそれに最初に気づいた時は、まだ小野さんと付き合っていた。ひどく思い悩んでいる様子だったから、僕から声をかけて相談に乗ったんだ。同性を好きになるということに恐れを抱いていたから、それを悪いことではないと言って肯定してあげた。でもその気持ちが正しかろうと間違いだろうと、温田見くんの思いは叶わないでしょう? だって、柳野くんは最上くんを好きだもの。それに、僕は柳野くんの中にいる千夜を誰にも渡したく無かった。だから、『気持ちは間違っていないと思うけれど、君の思いは叶わない』って伝えたんだ。そしたら彼、飛び降りちゃったんだよね。僕は彼には何もしてない。あれは純粋な自殺だよ」
光彰は才見の言葉を聞きながら、小野から聞いていた話を思い返した。温田見は、小野に何も話さないまま亡くなっていた。光彰はその時、それを話してくれた彼女に
『温田見は他に好きな人が出来たのであれば、きちんとそう言ってくれるはずだろう』
と返していた。
しかし、その相手が黎であったのであれば、話は変わってくる。それは、小野には確かに言えないだろう。同性である黎を好きになったからと言って、あの気が強く狭量だと自覚している小野が、その話に納得して別れてくれただろうか。温田見としては、別れ話が泥沼化する前に、理由を説明せずに振るという選択がベストだと判断したのかもしれない。そうまでして黎に想いを寄せていたのに、相談に乗ってくれた人から地獄へ突き落とすような発言をされてしまったのだろう。この全寮制の高校という狭い世界にいれば、気落ちは酷いものになってしまったのかもしれない。
「小野さんは、温田見くんが何も言わずに死んでしまったことを悲しんでいた。自分の存在ごと否定されたような気分になっていたみたいで、とても落ち込んでいたんだ。だから僕が慰めた。そしたら、僕について回るようになってしまったんだよね。そうすれば、僕が戸田にされていることも知ってしまう。それを知った戸田から、口封じのために彼女を消すように言われたんだ」
「そ、それって」
才見の話に、葉咲が勢いよく立ち上がった。そして、小野が亡くなった後に、黎の体を乗っ取って捲し立てていたことを思い返していく。
「じゃあ、小野が言ってた自分を殺した犯人っていうのは、才見先生で間違い無いんですか? 最上に殺されたって噂になったけど、それを小野自身が自分の言葉で否定したんです。自分は犯人を知ってるって言ってた」
葉咲の言葉に、才見は申し訳なさそうに小さく笑った。
「うん、それは確かに僕のことだね」
そして、何かを思い返すように目を伏せる。小野に関する事件の時は、彼は明らかな殺意を持って動いていたのだ。その感情を思い起こしては、辛そうに身震いした。
「小野さんは、確実に殺そうとして僕が動いた。強いクスリを与えて、時計塔から落としたんだ。戸田の命令に従ったのもあったけど、最上くんを柳野くんから引き離したくて焦ってた。だから、あの日の夜に君たちが部屋を抜け出すようにと、小野さんを利用して焚き付けた。頑張った甲斐があって、思い通りに最上くんは停学になった。それから僕は傷心の柳野くんに近づいた。傷ついていた彼は、僕に抱きしめられても拒否しなかった。この腕の中に千夜を取り戻したんだって思ったら、すごく幸せだって思ったのを覚えてるよ」
光彰は、離れていた時期の黎を懐柔した彼に、酷く苛立っていた。今は千夜が入っているためその話にはならないが、黎が目覚めていた間は、彼と才見に関する話でかなり揉めている。才見はそれほどに黎の心の隙間に入り込んでいた。あの心酔の仕方はいつもの黎では考えられないものだった。もう少し停学が明けるのが遅ければ、黎は操られて死んでいたかもしれない。そう思っている彼には、この話はおよそ冷静にかわせるものでは無かった。
「好きになった人を正攻法で手に入れるんなら、そういう言い方もわかる。でも、お前は黎にクスリを打っていただろう? そんな方法で手に入れようとする人間が、純粋な愛情を語るような真似はやめろ。それだけで、お前がどれほど自己中心性の高い人間なのかがよく分かる」
光彰は、今にも殴りかかりそうな心をどうにか抑えた。ようやく停学が明けたばかりなのだ。ここで暴力沙汰を起こせば、この先どうなるか分からない。
「……で、田岡はなんで落ちたんだ? 田岡が『キングの怒り』を使っているのは、戸田との不倫に悩んでいたからだろう? あいつが荒れたのは、ごく最近のことだったらしいからな。まさか、あんたがあいつに盛ったのか? 邪魔になったから殺したんじゃないだろうな」
光彰の様子を見ていた八木が、それとなく話題を逸らせた。田岡についての謎は、今ここでそれをはっきりさせることが出来る人物がいる。当事者がいて明確な結論を出せることがあるのなら、そちらを優先するべきだと判断したようだ。
しかし、その張本人はどこまで行っても自分を悪人だと認めたがらない。自分の責任の全てから逃れようと躍起になっていた。
「やだ、私がそんなことするわけないじゃない! 田岡くんも、才見くんからクスリを買って落とされたのよ。私は何もしてないわ」
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