48 / 66

番外編 蒼夏の願い

 幼い頃から、母である(よう)妃の闇を目にしていた。子どもに言っても理解できないだろうとでも思っていたのだろう。まだ十歳にも満たない幼い俺の目の前で、あのひとは堂々と青藍(せいらん)兄上を誘拐しろと、賊たちに命じた。  その誘拐未遂事件は関係のない者に疑いを向けさせ、当事者である青藍兄上が一緒にいた者に対していくら関りを否定しても、誰も信じないようにと命じただけでなく、あのひとはすべてを揉み消してなかったことにしたのだ。  宮廷医官で皇族の侍医でもあった雲慈(うんけい)は、疑いをかけられ酷い尋問を受けた挙句、結果は証拠不十分と曖昧な処分のまま、王宮から去ることとなった。  賊たちが手違いで攫って来てしまった子ども。兄上の同友だったらしく、親は下級官吏ではあったが周りに慕われており、いなくなってしまった子どもの件を皆が心配していた。しかし、あのひとにとってはただの下級官吏のひとりでしかなく、当然のようにあること(・・・・)を命じた。  間違って攫った子どもだけでなく、親族共々始末しろと。  俺がはじめてあの男に会ったのは、その頃だった。暗殺集団"梟の爪"の頭領、赤瑯(せきろう)。まだ二十代と若いのに、曲者揃いの暗殺者集団の頭領で、それを立ち上げた張本人らしい。  長めの赤い上衣と黒い下衣を纏うその男の瞳は、金眼。この国のものではないのだろう。どこまでも胡散臭いその笑み。含みのある話し方。しかしどこか人を惹きつける、そんな不思議な男だった。 「俺たちを贔屓にしてくれるのはいいが、今回に限っては考えが浅はかだったな。余計な手間が増えたんだから、迷惑料も貰わないと割に合わない」 「口を慎みなさい。お前ごときが(わたくし)に意見するなど、到底許されないこと。けれどもきっちり仕事をこなすなら、もちろんそれに見合った額を支払わせていただくわ」  肩を竦めて、赤瑯がふっと口元を緩めた。視線が合う。俺が衝立の裏に隠れていることに気付いてるみたい。あのひととの秘密の話が終わり、部屋から出て行ったのを確認した上で、 「これはこれは第二皇子の蒼夏(そうか)様。盗み聞きとはお行儀が悪い」  と、赤瑯が話しかけてきたのだ。九歳になるかならないか、そのくらいの頃だった。  俺は罰が悪そうに衝立の裏から顔を覗かせ、むぅと頬を膨らませた。 「おじさん、悪いひとなんでしょ? ぜんぶ知ってるんだからね!」 「おじ····おいクソガキ、良い度胸してるじゃねぇか。だが俺はまだおじさんって歳じゃねぇんだよ。正しくは、お兄さん、だ」 「第二皇子の俺をクソガキなんて呼んで、タダで済むと思ってるの? おじさん、もしかして頭悪いの? 俺が助けて! って声を上げたら、護衛のひとたちが飛んでくるかもしれないよ? そうしたら、絶対にここから逃げられないんだからね」  俺は精一杯の強がりで思い付くだけの言葉を並べる。はは、と赤瑯が馬鹿にするように乾いた声で笑った。 「どうやら、第二皇子様は今の状況がわかっていないようだ」  見下ろされ、俺は身構える。雰囲気が変わった。飄々としていた空気が一変し、鋭い視線に射抜かれそうになる。子どもながらにそう感じた俺の直感。このひとはまるで本音が読めない。 「俺が暗殺者で、その俺に仕事を命じたのが姚妃様。どういうことかわかるよな? 俺はどうにでもできるが、姚妃様はそうはいかない。万が一俺が捕まって拷問を受けるようなことがあれば、真実を話すに決まっている。そもそも、誘拐事件に俺たちは関わっていないから、罪にも問われないしな」  そういえば、間違って攫ってきた子どもとその親族、失敗した賊をすべて始末しろとあのひとは命じていた。このひとは青藍兄上の誘拐未遂事件とは関係ないんだった。 「あのさ、おじさん。あのひととじゃなく、俺と手を組まない?」  思考を変えることにした。  あのひとのやろうとしていることを止めるために、目の前の男を利用する。それができれば、今は駄目でもいつか叶う時が来るかもしれない。 「こりゃ、驚いた。俺と交渉するつもりか?」 「そうだよ。あのひとじゃなくて、俺と契約してよって言ってるの!」  俺は本気だった。冗談なんかじゃなくて。真剣に交渉するつもりでいる。  そんな俺に対して、赤瑯はくつくつと喉で笑った。それはけして馬鹿にしているとかではなくて、寧ろ楽しんでいるかのようだった。 「で? お前は俺になにをくれるんだ? 姚妃様よりも価値のあるものを差し出すなら、のってやってもいいぜ?」 「俺が大人になったら、能力者が平穏に暮らせる土地をあげる」  梟の爪に属する者たちが能力者集団だということを調べた。彼ら彼女らは居場所がないから、暗殺者なんて汚れ仕事をしているのだろう。強い力は、異端なその身は、世間から忌み嫌われているらしい。  そういう偏見の目がない場所で、静かに過ごすことができる土地があれば、暗殺なんて仕事をする必要もなくなるはずだ。 「····どう、かな?」 「ふうん、面白れぇじゃん。けど、大人になるまであと十年はかかるだろう? 気長に待ってろなんて不確定な交渉条件で、俺たちを飼おうなんていう子どもの気まぐれが、通用するとでも?」 「俺は、ただ母上のやっていることを止めたいだけ。皇帝なんてなりたくないのに、あのひとは罪を重ねているんだ。それって、結局のところ俺のせいだろう? そんなの、俺は望んでいないのに」  こんなこと、赤の他人に言うべきじゃないけど。  この男なら、なんとかしてくれそうな気がするのだ。勘だけで託すには心許ないけれど。それでも、話す価値はあると思ったのだ。 「俺の願いは、あのひとを解放してあげること。あのひとがあんな風になってしまった原因、責任は俺にある。これ以上、他の誰かを巻き込んでしまう前に、止めたいんだ」  悪いことをしている賊は良いとして、間違って攫われ、今も危険に晒されている子がいるということ。しかもその親族まで殺そうだなんて絶対におかしいし、そんなことが仮に行われてしまったら、もう戻れない気がする。罪を隠すために罪を重ね、やがてそれは身動きが取れないほどにあのひとを呑み込んでしまう。 「母上が好きだから····俺は、あのひとのことを守りたいんだ」  赤瑯は呆気にとられた表情で俺を見下ろしていた。そしてなにかを考えるような仕草をした後、ふーんと再び含みのある笑みを浮かべた。 「いいだろう。今日から俺たちはお前の(めい)に従うことにする。約束、忘れるなよ、」 「····ホント、に? いいの?」 「いいも悪いもないだろう。交渉成立さ。で? 我らが皇子様の最初の願いは?」  こく、と俺は頷き、赤瑯を見上げる。俺の願いは、すでに決まっていた。 「間違って攫われた子を助けてあげて欲しい。もちろん、母上には気付かれないように嘘の報告をすること。その子の親族も同じだよ。失踪したことにでもして他国に連れて行って、すべてが解決したら戻れるようにして欲しい」 「簡単に言うが、何年かかるかわからない上に金がかかる。その金は皇子様が払うのが道理だぜ? 隠れて暮らすっていうのは実はかなり労力がいるし、保護ってなると人手も必要だ。それはどうするつもりでいる?」  その子の親族が何人いるかもわからない。  まずは保護して、それから考えるしかないだろう。事は一刻を争う。 「皇子への公務は十五歳から与えられる。資金を用意できるようになるまでは····俺にはどうすることもできない」 「じゃあ、ツケな。ちゃんと帳面に記録しておくから、払えよ? 俺たちは学がないからなぁ。桁を間違えるかもしれないが、仕方ないよな~?」 「かまわない。おじさんにぜんぶ任せる」  こうして、俺たちの契約は結ばれた。  赤瑯は約束通り行動してくれた。予定外だったのは、攫われた子が記憶を失っていたこと。親族は両親だけだったから、白虎の国で保護することになった。その子は赤瑯が自ら保護すると言い出し、俺はそれを許可した。  まさか、あの時の子が白煉(はくれん)だったなんて。  この時の俺は、奪われるはずだった命を救えたという自己満足で頭がいっぱいで、気にも留めていなかったんだ。 番外編 蒼夏の願い ~完~

ともだちにシェアしよう!