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31.
「姫宮さんと大河君はもちろん、安野さんや江藤さん、小口さんにも食べさせようと思っていたのですよ。ですから、お二方もよろしければ」
「えっ! いいんですか! そこのケーキ屋さんのケーキ食べてみたかったんですよ!」
そばに立っていた江藤がぱっと目を輝かせ、「どれにしようかな〜」と鼻歌混じりに選んでいた。
「安野さんもぜひ」
「⋯⋯お言葉に甘えて頂戴します」
深く一礼した安野が江藤とこれにしようかあれも捨てがたいと一緒になって迷っていた。
「二人が選んでいる間、私達も手を洗いに行きましょうか」
「はい」
「伶介、大河君、ちょっと待っててね」とお行儀よく座っている二人──大河は今にも食べたそうにしているが──に一言告げると玲美と共に洗面所に向かった。
「あの松下さん、先ほどはありがとうございました」
「いえいえ、そんな大したことはしてませんよ。私が早くに言っていればああにはならなかったかもしれませんが」
「あ、いえ、そんなことは⋯⋯」
「危うく小口さんのケーキが台無しになるところでしたしね」
こらこら! と言う安野から逃れようとして、持ったままのロールケーキが落ちかけた場面があった。
それは姫宮も二人のやり取りと共にひやりとしたところではあった。
物を粗末にするのは良くないし、せっかく玲美が買ってきたくれた物をさらに雰囲気を悪くさせる要因となってしまうところだった。
それを危惧したのかもしれない。
そこまで先を考えて、そして場を収める発言をはっきりとする玲美に尊敬に値するものだった。
「⋯⋯松下さんはすごいです。私だけだったら、二人を宥めることすら出来なくて、雰囲気を悪くさせてしまうかもしれません」
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