38 / 184
38.
「突然のことで混乱しますよね。私も何故、今頃姫宮様に会いたいと仰っているのか分かりかねないのですが、とにかく明日、必ず行かねばならないのは確実です。私も心配なので同行したいところですが、あの方は恐らく許して頂けないと思って思いますので。とても歯痒いことですが⋯⋯!」
焦れったいと言う安野に「お気持ちだけでも嬉しいです」と笑ってみせた。
が、その表情が固いと自覚してしまうほどに不安が押し寄せていた。
何を言われるのだろう。また心のない言葉を言われるのだろうか。
「あの⋯⋯ちなみに奥様の第二の性って⋯⋯」
「⋯⋯アルファですね」
安野がその次に何か言いたそうにしているのが分かったが、姫宮を傷つけてしまうことを恐れている。
今もアルファと聞いて身を竦ませてしまっている。
聞かずとも絶対そうであろう性を聞かずにいられないのは、違う可能性をどこか期待していたのかもしれない。
膝上に乗せていた手をぐっと握る。
「⋯⋯旦那様も同席なさるんですか?」
「いえ、旦那様は数年前、不慮の事故で亡くなられていますので、奥様だけですね」
「あ⋯⋯そうだったんですか⋯⋯」
まさかそうだったとは思わなく、どう返事をしたらいいのか分からなかった。
触れてはならない話だったか。
姫宮の声の調子に安野が「姫宮様がお気になさることではありませんよ」と言い添えられるほどだった。
親の不慮の事故。必ずしも寿命が尽きて終わるものではない悲哀な出来事にその可能性もあると姫宮は他人事のように感じていた。
姫宮の両親は恐らくごくありふれた人達だったと思われ、そしてその両親から人並みの愛情をもらっていた。
人並みとはいえども、一人っ子であった姫宮は二人から惜しみなくもらうそれを独り占めできて優越感に浸っていたと、今思えば贅沢なものだった。
オメガとなった自分がそれらを壊してしまった上に、自分のせいでいがみ合う二人を見聞きしていたくなくて逃げるように出てしまった親不孝な息子を心配してもないだろうし、心配されたくないだろう。
たとえ、不慮の事故で最期に会えなかった後悔があったとしても。
ともだちにシェアしよう!

