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「姫宮様でいらっしゃいますでしょうか」 玄関先で立っていた男性が姫宮の方へ近づいてきた時、そう尋ねてきた。 どこを見ても乱れていなく、きっちりとスーツを着て、思わず背筋を伸ばしてしまう緊張感漂う相手に、「あ、はい」と裏返った声で返事してしまった。 恥ずかしい。 「急な申し付けに応じて下さり、まずは私から感謝を申し上げます」 「あ、いえ」 ゆっくりと頭を下げるその姿に、そこまでして頂かなくてもと身を引いてしまう一方、先ほどから感じる表情の固さに解せない緊迫感があった。 「私は会長の秘書を務めさせていただいております、梅上と申します」 会長の秘書? 会長は御月堂の母のことだろうが、そのような立場の人が個人的に姫宮に会いたいと申し出たことがますます分からない。 「会長がお待ちです。こちらへ」 玄関先を手のひらで差し示した梅上の案内に、姫宮は彼の後をついて行った。 中へと入り、一度世話になった受付の横を通り過ぎ、その会社で働いている人達が行き交う方ではない頑丈な扉へと向かった梅上は、その横の壁に取り付けられている盤面に操作した時、目の前の扉が開かれた。 いかにも関係者以外入れない空間へと足を踏み入れた時、足が竦みそうになるのを無理に踏ん張ってはエレベーターへ向かう彼の後を小走り気味について行く。 ある階のボタンを押した梅上と共にエレベーターで運ばれていく。 玄関先で一言二言話した程度で、その時も事務的な内容であり、この間も他愛のない話はなかった。 代理出産の時、御月堂の元へ来る間に具合が悪くなったからかもしれないが、それを抜きにしても松下は見た目からも第一印象は良かった。

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