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安野が何か声を掛けようとしているが、何と言ってあげたらいいのか口を開けては閉じたりして、躊躇っている様子が伺えた。 気遣わせてしまっている。 あんな発言をしなければ良かった。 なんてダメなんだろう。 オメガになる前から自分はこんなにもダメな人間だっただろうか。 重たい空気が流れる中、小口が口を開いた。 「とにかく、その会長さまが言っていた治験に参加しなければならないんでしょ。ここでうじうじ言っていても仕方ないです。誠意ってもんを見せつけてやりましょう。ただどっしりと座って口を出しているだけのアルファさまに第二の性を分からせてやりましょう」 握り拳を作った小口がそう言ってきた。 いつもの強弱のない口調ではあるが、まるでお尻を叩かれているような奮い立たせるような言い方だ。 確かにそうではあるけれども。 「小口、どうしたのです。あなたらしくない」 安野もそう思ったようだ。驚いた口調でそう言った。 すると小口は口の端を持ち上げた。 「会長さまって御月堂さまのお母さまでしょ。親子揃ってぐうの音も出ないことにしたら面白そうだと思ったら、いても立ってもいられなくて」 抑えきれないといったように口元を歪ませる。 それは面白いものを見つけたといった悪戯っ子の笑みだ。 「あなたって人は⋯⋯」 呆れた口調であったが、その顔は笑みを含んでいた。 「若気の至りって本当に恐ろしいことですね。私達の立場では到底叶わない方なのに。とはいえども、自社で開発した薬の効果を知りたいとのことですし、もし悪いことが起きましたら信用問題となります。ですから姫宮様のことを悪いようにはしないと思いますよ」 「⋯⋯そうですか」 「ですけど! 仰っていた私達の人件費がどうのこうのという話は気にしないでくださいね。むしろ、姫宮様のためにタダ働き、いえ、代わりに働いて参ります!」 燃え盛る炎が彼女の背後に幻視してしまうほどにメラメラと燃えていた。

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