52 / 184
52.
スーツを着た自分の姿を洗面所の鏡で見ていた。
どこもおかしなところはないだろうか。
皺も見た限りなさそうだ。
はー⋯⋯と、身体の中から溜めていたものを気づけば息を深く吐いていた。
この日を迎えるまで心ここに在らずといった調子で過ごしていた。
それが顕著に現れたのは、梅上から連絡が来た時だった。
この日の何時、何階のここに来るようにという旨。
その指定された日が今日である。
この日がやってきてしまった。
この日が近づくにつれ、気持ちが落ち着かなくなっていき、寝つけない日々を過ごすことになった。
一人の方がまだ寝られるだろうと姫宮の部屋に大河が来ることを阻止してくれたのに、無駄にもまた大河に心配をかけることになってしまっていた。
自分の顔を見やる。
見るからに分かるぐらいのクマができている。
いくら身なりをきちんとしていてもこれでは仕事に支障が出るかもしれない。
「姫宮様、ご準備の方は整いましたでしょうか」
後ろから遠慮がちの声で掛けられた。
振り返るとそこには心配が全面的に現れている安野がいた。
「⋯⋯はい。多分、大丈夫かと思います。⋯⋯安野さん、付き合ってくださりありがとうございます。私のことなのに⋯⋯」
「いえ、そのぐらいのこと姫宮様のためならば、承りますよ」
お安い御用と笑ってみせる。
が、どことなく元気がない。
それはきっと自分に原因がある。
安野もあの連絡を受けてから落ち着かないようで、お皿を割ったり、大河の玩具を間違えて掃除機で吸ったり、ふと見ると窓拭きしていたのであろう布巾を窓ガラスにかけたまま、窓の外をぼうっと見つめたりして、普段完璧にしてくれている彼女が明らかに失敗しばかりしていたのだ。
だから他の人達に休むべきではと言われていたが、頑なにいようとしていた。
週に何回か休んでいる彼女が毎日いるのもきっと自分が原因。
彼女もうっすらクマができていた。
それでもいてくれて安心しているのもまた事実だった。
ともだちにシェアしよう!

