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「スーツに変な折り目も皺も一つもなさそうですが、目の下が少々気になりますね」 そばに寄った安野が眉を下げた。 「やっぱり気になりますか?」 「ええ、正直に申し上げますと。⋯⋯こうなってしまうのは仕方ないことではありますよね。あまりにもなことを言われて、治験として働くように命じられるなんて⋯⋯。やはり私が代わりに行きたいぐらいです!」 両の手を握り拳を作って意気込んだ。 その気持ちは素直に嬉しいが、やはり自分でないと意味がない。 「小口さんが言ってた誠意を見せたいですし⋯⋯」 「そうですけど⋯⋯」 「オメガなんて邪魔者扱いされて、自分は必要ないと思ってました。ですが、今回こうして役に立つ時が来たのです。少しでもお役に立てないと」 「姫宮様⋯⋯」 何か言いたげに口を開きかけた時。 「ま⋯⋯っ」 安野の背後の半分ほど開かれた扉からひょこっと、顔を覗かせた愛しい我が子の姿が見えた。 「え、大河っ、こんな時間に起きてきたの」 しゃがんでててっと走ってきた息子を抱きしめると、大河は胸に顔を埋めた。 「お見送りしたいみたいで、頑張って起きたみたいですよ」 「隣でがさごそしているからわたしも起きてしまいましたよ」と欠伸をしながら小口が代わりに答えた。 いつもよりも早い時間帯に自分のために起こしたくないと、離れたくなくなるかもしれないからこっそり出ようとしていた。 「行ってらっしゃいって、言いたかったの?」 顔を上げた大河が、うんうんと頷いた。 「そうなんだ⋯⋯」 大河だって離れるのは嫌だと思っているはず。それなのに、「行ってらっしゃい」と見送りたいと思ってこうして起きて来てくれた。 だから、頑張らないと。 大河と手を繋ぎ、その後ろを安野と小口がついて行き、玄関へと赴いた。 しゃがんで大河の目線に合わせた。 「じゃあ、大河。ママ行ってくるね」 「⋯⋯っ」 口を動かす。 この口の動きはきっと「いってらっしゃい」だろう。 頭を撫でては微笑みかけた。 「姫宮様、気をつけてくださいね」 「はい」 持ってくれていた鞄を受け取り、離れがたくなる気持ちを抑えて、三人に見送られて姫宮は玄関を出て行った。

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