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「こちらに座ってください」 目の前の空席を手で差し示す。 「はい」と緊張した声で座った。 「問診票を見せてくださいますか」 「はい⋯⋯」 語尾が小さくなる。渡す手が小さく震える。 目で記入欄を追う研究長の視線が怖い。 「名前は姫宮愛賀さん⋯⋯。年齢と生年月日が未記入のようですが」 「あ、いや、その⋯⋯」 早速指摘された。 すぐに言われるのは予想していたはずだが、分かるぐらいにしどろもどろしてしまった。 「治験は原則十八歳からとなっております。今回もその年齢が対象ですが、条件に当てはまるのですか?」 「あ、はい⋯⋯」 「ここに記入しない不都合なことが?」 「そんなことは、ないんですけど⋯⋯」 語尾が小さくなっていく。 これではますます疑われてしまう。 今もそのような目を向けられ、思わず目線を逸らしてしまう程だった。 せめて十八歳以上の年齢を書いておけば良かったか。 だが、それでは嘘を言っているようで、良心の呵責に苛まれる。 「妊娠の有無の欄ですが、今妊娠中ですか?」 「あ、いえ」 「では、お子さんがいらっしゃるんですか?」 「はい。息子が一人で、こないだ五歳になりました」 「そうですか」 少し考える様子を見せた。 何か言ってはいけないことを言っただろうか。 生年月日の話は途中なはずだが、あれでいいのだろうか。 モヤモヤしている姫宮に倉木はこう続けた。 「アレルギーはなし。持病はなし。大きな病気もなし。普段服用されている抑制剤は⋯⋯──っ!」 片眉が上がった。

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