63 / 184
63.
「ただいま戻りました」
そう言いながら入ったものの玄関先には誰もいなかった。
自分に気を遣わせることがなくて良かったと思う反面、寂しさを感じてしまう。
こんなことを思ってしまうなんて我儘かなと、自嘲にも似た苦笑いをしつつも靴を脱いでいた時、
「ま、ま⋯⋯っ」
顔を上げると、大河の姿があった。
「大河、来ていたんだね。ただいま」
頭を撫でると、身体を左右に揺らした。
どうやら嬉しいようだ。
その様子を微笑みながら眺めていると、ずいっと眼前に見せてきた。
それは大河が描いた絵だった。
『おかえりなさい おしごとおつかれさま』と拙いながらも一生懸命書かれた字。
いつも絵ばかりで字を書いたことなんて見たことがなかった。誰かが教えてくれたのだろうそれに加えてその下にスーツ姿の姫宮が描かれていて、そこまで言われることをしてないが、これは素直に。
「ありがとう、大河。嬉しいよ」
さっきのように頭を撫で、けど今よりも笑顔を見せてその気持ちを示した。
「玄関の方から聞いたことがある声がするなと思えば。思っていたよりも早いお帰りでしたね」
「ま、ママさまレーダーを察知した大河さまが行ったから察しはしましたけど」と大河の部屋から出てきた小口が言った。
「今日は健康診断のみだったようで⋯⋯」
「へぇ、そうだったんですか。安野さんの伝達ミスですかね。まぁ、最近の様子ではありえなくはありませんがね」
「はは⋯⋯」
苦笑を漏らす。
姫宮も正直に思ったが、安野の名誉のために言わないでおいた。
「この絵もらっていい?」と大河に話しかけている時だった。
「ああ! 姫宮さま! お早いお帰りで! こんなにもすぐに会えるとは思いませんでした!」
慌ただしくやってきた安野が、長年の再会だというように涙ぐむ。
ともだちにシェアしよう!

