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「この後、昼まで自由にしてていいんだって」 次に口を開いた時には話題が変わっていた。 身構えていたのが意味なかったぐらい呆気ない終わり方に虚を突かれながらも、「そうですか」と返した。 「俺、個室でゲームしてくる〜。愛賀も好きなことをしたらいいよ〜」 「⋯⋯ぁ」 じゃあと言って去って行く美澄を、用もないのに引き止めようとした手を下ろした。 美澄といても自分から話すこともない相手といつまでもいても面白くないだろう。 とはいえ、ここに突っ立っていても仕方ない。 ひとまず姫宮も与えられた個室へと入った。 狭いと感じる人もいるだろうが、さほど圧迫感もない空間は心地良かった。 というのも、外にいると他の人の視線を常に感じていて落ち着かなかったのだ。 きっとこの傷痕のせいだろう。 小さく息を吐いた姫宮はロッカーから携帯端末を取り出し、椅子に腰掛けた。 美澄のようにゲームをやらなく、かといって暇を潰せるようなものはなかった。 なんとなく眺めていた時、写真フォルダが目に付いたことでそれを開いた。 こないだ玲美が買ってきてくれたケーキを食べて、口の周りを汚した大河、誕生日の時、伶介と初めてピースをした大河、ハニワを一生懸命描いている大河。 どれもこれも愛しい我が子の姿に笑みが溢れる。 まだ使いこなせてないものではあるが、このフォルダに愛おしくてたまらない我が子の思い出をためていきたい。 まだ少ない写真を一枚ずつじっくりと眺め、浸っていた。 「──? 愛賀ー?」 「ん⋯⋯んん⋯⋯?」 近くで自分の名前を呼ぶ声がする。 低くて、ためらいがちでありながらも優しさが滲み出ている声ではなく、軽く、間延びした声だった。 この声は御月堂ではない。じゃあ誰なのか。 御月堂以外で姫宮のことを名前で呼ぶのは、確か──。

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