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緊張が解けない空気の中、上山が姫宮に尋ねた。 「差し支えなければその方とどのようなお話を?」 向けてきた顔に声に柔らかさを感じ、少し解れた姫宮は一拍遅れて答えた。 「健康診断の結果の話とか、大河の話とか、その方美澄さんと言って、バイトをされているのですが、その話とかですね」 「そうでございますか」 それを聞いた上山は微笑ましげな顔を見せた。 姫宮に不愉快な思いをさせてしまったからと気遣ってくれた他愛のない話なのかもしれない。 そうだと思うと、そのような小さな気遣いをしてくれたことに素直に感謝をしたくなる。 「姫宮さんがそこでも楽しまれているようで何よりです。安野さんほどではないですが、やはり目の届かないところですと、心配で」 気を取り直した江藤が眉を下げて言う。 さっきの様子だと、まるで安野を彷彿させるものだと思ったが、それは己の心に留めておく。 そこで傍観していた小口が愚痴を挟んだ。 「それにしたってその人、いわばマイペースってことでしょ。そののんびりさが人によってはあまり良く思われないんじゃないでしょうか。いくら初対面でも急に名前呼びは距離が近く感じますし。姫宮さま、そうされるのが嫌であればはっきりと言った方がいいですよ」 「あ、はい」 美澄が当たり前に名前呼びをしたことに驚きもしたし、困惑もしたが、不快な気はしなかったし、そういうものかとあまり深くは考えなかった。 それこそ美澄が深く考えているわけでもなさそうだと、その適当さを感じたからかもしれない。 「マイペース⋯⋯」 「マイペース、ですか」 江藤と上山が小口をちらりを見、それからお互いの顔を見て、「ねえ」と頷き合っている様子を見た時、不意に何かが結びついた。

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