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大河のことは気がかりではあるが、みんなに言われているように自分がするべきことをしないと。 己を叱咤し、自身の部屋にあるクローゼットを開けた。 持ってきていい物は限られているが、最低限持っていける物の量を考えるとキャリーケースは必要だった。 それを取り出そうとした時、その隣に置かれている段ボールが目に入った。 姫宮宛てに送られてきたそれはある日突然、御月堂から送られてきた彼の服がたんまりと入っている。 姫宮宛てとはいえ、危険な物が入っているかもしれないと安野が開けた瞬間、彼の、アルファの匂いが部屋に溢れた。 オメガ性の自分にしか分からないその匂いをずっと嗅いでいたい衝動に駆られたものの、皆の前でみっともない発情をするわけにもいかなく、その匂いを閉じ込め、そのままクローゼットに追いやってしまっていた。 未だに何故、何のために送られてきたかは定かではないが、今必要な時なのかもしれない。 「⋯⋯⋯」 段ボールをクローゼットから出す。 簡単に閉じた段ボールの蓋となる部分を躊躇いがちにそっと手に取り、緊張と期待を胸にゆっくりと開けた。 瞬間、ぶわっと高貴な匂いが部屋に溢れた。 その花にも似た甘い匂いが全身に包まれ、それに誘われるように濃い匂いを纏った服の一枚を手に取り、鼻に近づける。 愛している人の匂い。 抱きしめるように両手で抱え、肺いっぱいに吸った。 鼻腔をくすぐる、華やかに咲く甘い花のような匂い。 「慶様⋯⋯」 頬が紅潮し、胸が高鳴っていく。 歩くのを速めた時のようなどんどん息が上がっていき、それゆえに気持ちが昂ってくる。 もっともっとこの匂いを嗅いでいたい。 何枚か取り出した服を抱えたまま、その場に横たわり、身体を丸めては吸い続けた。

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