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「それは、会長のご迷惑にならない形できちんと耳を揃えてお返し致します。仮に私が返さず失踪するという失態を犯す可能性があると、今回の治験に関しましても、信用性を欠ける行為をしてしまったことを含め、保険としてまずは腕を一本差し出します」
「本当にそうしろと言われたら、その通りにするのですか」
「はい」
「そうですか」
「あとですが、オメガの特性も知る機会になったはずの今回の治験という形ではなくとも、私の身体を差し出します。身体を傷つけても、腕や足を折っても構いません」
「そこまでの覚悟が貴方にはおありで?」
「はい」
感情が読み取れない目を、躊躇いそうになるのを堪えた目で見つめ返す。
突き破りそうなほど高鳴る鼓動が耳にまでうるさく聞こえ、冷や汗が背中に流れる。
ロクに食事をしなかった胃の内容物が喉を超えそうになるのを、無理やり押し込む。
ちょっとでも目を離したら、やっとの思いで伝えた言葉の信用性を失くしてしまう。
何があっても目を逸らさずにいないと。
どのくらいの時間が経ったのだろう。誰も瞬きも指一本も動かさず、ただ前を見据えている最中、あまりにもの静けさに耳鳴りのようなものが聞こえ始めた頃だった。
「貴方、面白い冗談を言うのですね」
ふっ、と口角を上げて笑っているような表情を見せる。
「自分にはそれぐらいしか差し出せるものがないと、治験で与えたチャンスを自ら壊したこともあって、そういう考えに辿り着いたわけですか」
頬杖をついた会長はそうですかと興味なさげといった口調で言う。
その口調には呆れたとも言いたげにも聞こえた様に感じ、小さく震わせた。
一度失くした信用を再び得るのは難しいというのは分かっている。しかもそれが責任が大きければ大きいほど。
しかし、やはり姫宮には身体を差し出すしか他になかったのだ。
納得させる方法は何かないのか。
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