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第3話 少年と吸血鬼 ③
――ガリッ。
「軽羅!」
「――ッグ!」
軽羅の顔が歪む。それもそうだ、首筋に二本の牙が突き立てられているのだから。じるじると血を吸われる。
少年の身体がビクッと震えた。
「ぅ……!」
「この!」
横薙ぎにされた爪を後ろに跳んで躱す。ヒュン、と空を斬った爪は、レモンの髪を一~二本切り裂いた。その際、何かが歳星の左腕を掠めた気がした。
「やだね。必死になっちゃって」
「軽羅! しっかり」
膝から崩れ落ちた少年を抱きとめる。顔色は真っ青で首には二つの穴。そこから赤い血が流れ服を汚す。血が止まる様子が全くない。咄嗟に、傷口を手で押さえた。
捕食者を睨む。
「うま~。甘い。ヤッパ人間の血は甘いわ。動物も美味しいんだけど、糖度が違うっていうの? ああ~。イイ。良いねぇ」
恍惚と味の評価をしながら、勝ち誇ったように血に濡れた舌を出し見せつける。
歳星は頭に血が上るのを感じる。どうしてだろう。怒っているわけではないのに。
まるで自分の獲物を横取りされた肉食獣のような――
そこまで考えて頭を振った。
「アハッ。来た」
歳星は、衝動のまま飛び掛からなかったことを安堵した。
「え?」
「来た。来たキタ。キタよコレエエェエエッ‼」
けたたましく笑う幻曜の肉体が変化していく。全身に血管が浮かび上がり。髪は毛量が増えて腰まで届き、ハリネズミのように背中で逆立つ。耳が増々尖り口は大きく裂け、身体の大きさが一回り巨大化する。
秀麗な容姿は怪物と成り果て、てらてら光る舌をべろりと吐き出し地面を舐めた。
少年たちは、ゾンビ以上におぞましい変貌にゾッとする。
脂汗を滲ませ、軽羅は吐き捨てるように笑う。
「……はっ! 馬鹿が。俺の血など飲むからだ」
「でも……。なんか、ヤバいかも」
歳星の勘は当たっていた。
人差し指と中指。幻曜が二本の指を立てる。
――直後。ガシャンとガラスが砕け散った音が鼓膜をつんざく。訳が分からないままに、歳星の左腕の肘から先が消失していた。
「え?」
吸血鬼故に痛みはないが、思考が真っ白に染まる。左腕の先はガラスのように硬質化し、落ちた指と手首は透明な破片になって砕けていた。まるでガラスの彫像の腕を、間違って割ってしまったように。
軽羅が叫ぶ。
「っ、歳星!」
「ははぁ? 驚いた? まだまだこんなんじゃないよ?」
視認できない速度で幻曜が飛び掛かってくる。歳星は軽羅を突き飛ばした。
降りかかる猛攻。拳や爪撃を交えた連撃。雨霰と打ち込まれる拳に、鳥葬めいて歳星の肉が削られていく。謎現象で腕を一本失った歳星はガードもろくに出来ず、瞬く間に全身血に染まった。
威力速度共に、吸血前を凌駕している。
地面やコンクリートに、パシャ、パシャと歳星の血飛沫が付着していく。
「やめろ‼ 幻曜」
見ていられず、銀のナイフを構えて走る。「軽度感染者」など羽虫扱いだろうに、本能が銀を恐れたのだろう。攻撃の手が軽羅に向いてしまう。
歳星が顔色を変える。
「軽羅。来るな!」
「悪い子だなぁ」
手を洗った後のように指に付着した血を払う。それだけで赤い滴は弾丸と化した。
軽羅の肩を軽々と貫通する。
「―――」
軽羅の足はもつれ、血走った目で歳星が悲鳴を上げた。
「あーあ。勿体ない。無駄に血を流させるなよ……おっと?」
気が逸れた幻曜の眼球すれすれを、歳星の爪が通り過ぎていく。一瞬動きが止まった化け物から全力で逃げた。軽羅を連れて。
「鬼ごっこしたいの? イイヨ。遊ぼうか。景品はお互いの命ということで……」
ーーー
「軽羅。おい。大丈夫か⁉」
「こっちの、台詞だよ」
どこをどう走ったのか覚えていない。一足飛びで町ひとつを越えられる脚力を駆使し、とにかくあの化け物から遠ざかる。地の果てまで行きたかったが、軽羅の止血が必要だ。大地の裂け目の向こう、廃墟群で逃走の足を止めた。
フェンスに囲まれた空間。雑草に覆われた砂場。壊れた遊具は錆びつき、風が鉄のにおいを鼻に届ける。公園、だった場所。
牙で服を裂くと肩の傷口に巻きつけた。医療知識など無い。どう巻けば血が止まるのかも定かではない。片手でうまく巻けないので、布の端を軽羅に持ってもらう。
傷を軽視していた。すぐに治るため頭から飛んでいたのだ。
文明が崩壊した世界で、傷や風邪がどれほど恐ろしいか。
現に、常に喧しい軽羅がぐったりと項垂れている。大量に吹き出した汗と雨水が顎で合流し、ぽたっと落ちた。
「軽羅」
「…………、だ、大丈夫だ。おまえ、じぶんの手当てしろよ」
しっかり布を巻かないといけないのに。手が震える。
「軽羅」
「ああ……」
手が、止まりそうになる。
「軽羅!」
返事はない。焦燥感が弾けた。
やだ。死なないで。嫌だ。一人は嫌だ。
太陽に雲が差す。俺は、君がいないと輝けない。月だ。
心に影が落ちる。
――そもそも。軽羅は俺と一緒にいる必要はないんじゃないか?
幻曜は軽羅さえ手に入れれば、追ってはこないだろう。歳星はどこか遠くにでも逃げればいい。軽羅だってすぐに殺されるわけじゃないんだ。
そんな考えが頭を埋め尽くす。
一人は嫌だ。でも、君が死ぬのはもっと嫌だ。
(俺じゃあ、軽羅を守れない……っ)
相手はどう見ても格上だ。しかも意味不明な能力まで使ってみせた。
勝ち目がない。
(そうだよ。軽羅だって、あいつを選ぶかも知れないし)
強い吸血鬼が選ばれて、俺は捨てられる……
どんどん思考の海に沈んでいく。水溜まりに赤い色が混じる。
泣いてしまいそうになった歳星の手の甲に、ぽんと手が置かれた。
「え?」
「で。どうする? 何か作戦はあったりしないか?」
幾分強がってはいるが、いつもの豪胆な笑み。
見惚れたように、歳星は目をぱちくりさせる。
「へ?」
「無いのなら俺の、俺の作戦で行くぞ! あれは野放しにしていてはいけない奴だ。どこかで生きている俺たちの両親に、……っ、襲い掛かる可能性がある。ここは俺たちで倒しておくべきだ。親父たちより軍隊より、お前がいる俺たちが、一番強いんだからな‼」
海の底に光が差す。海底にまで突き刺さる光が、カーテンのように揺らめいている。
――幻曜のところに行くのではないか。彼を選ぶのではないか。
当然のように二人で一つと考えている軽羅に、胸の錘が取れた気分だった。
爪を伸ばすと、邪魔くさそうに肩から左腕を斬り落とす。
「お、おい‼ 何やって……‼」
落とした肘は砕けたが、肩の断面から本当に冗談のように、にゅっと腕が生えた。
「……」
口をあんぐりと開けて固まる軽羅の前で、ぐるぐると腕を回して調子を確認する。中途半端だった肩傷の布をきつく縛り付けた。
「いって‼」
「ん。大丈夫」
「おま……。思い切りが良すぎるだろ」
「お前が言う? で、作戦って?」
襟を引っ張る。軽羅は幻曜に噛まれた、逆方向の首筋を晒す。
「来い‼」
「来い、じゃない。お前。それ以上血を失ったら死ぬぞ」
「どうせ死ぬ。ならば一発殴ってきてくれ。どうやら、動物より、人間の血でパワーアップするようだしな」
「……」
軽羅の首を凝視する。
――首筋に噛みつく。血を吸う。浮き出た鎖骨が眩しい。
ボッ‼ とマッチに火がついたような音と共に、歳星の顔が爆発的に赤くなった。
「え、いや……で、でででも……」
「早くしろ。血が勿体ない」
布が赤に染まっていく。大怪我。かつての医術でないと治せない。死が目の前にあっても、軽羅は歳星の手を強く握る。
「構うな! そりゃーまあー? 気持ち悪いだろ。美女でなくて申し訳ないが」
「あ、そこは気にしてない」
すっぱり言い切る歳星に、軽羅は呆けた。
痛みを堪える笑みのまま、吸血鬼の後頭部を掴んで抱き寄せる。
「幻曜に噛まれた時馬鹿痛かったから、噛む際は一言言ってくれ。気合入れ」
る、と最後まで言えなかった。
歳星の唇に塞がれたから。
「――え?」
え?
柔らかいものがふにっと当たる。
軽羅の頭が「え?」で埋まる。なんで唇に……え、唇噛むの? 首筋噛まれるより痛そうなんだけど。舌? 唇じゃなくてもしかして舌? え、無理無理無理。舌なんて食事中に間違って噛んだだけでも視界が真っ白になったのに。舌とか。てか、俺たちキスしてね?
凍り付いたかのように動かなくなった軽羅の顔を両手で挟むと、角度を変えてより深く、強く唇を重ね合わせる。
「ん……」
ぴくっと肩が跳ねる。
「さい、せ」
「軽羅」
「な、え?」
もう一度吸い付く。
彼を、背後の遊具に押し付けながら。
生温かい、触手のような物体が唇を割って軽羅の口内に入ってくる。
「待っ! 歳星……ッ」
ちゅうっと唾液を吸われる。軽羅はキツく目を閉ざした。
「ん、ンッ」
「ぷはっ」
歳星は唇を離すと、自分からしておいて爆速で後退した。顔を両手で覆うとダンゴムシのように丸まってしまう。
「お、おい? 歳星? それ、血じゃなくて唾液吸ってな」
「言わないで! 意識するだろ」
可哀想なくらい真っ赤になっちゃっている歳星。だが、肉体に変化が起きた。幻曜のように。血は吸っていないのに。
「歳星」
荒い息を繰り返す、掠れた声に胸が苦しい。軽羅がもう助からないことなんて分かっている。それでも言わずにいられなかった。
「すぐ戻ってくるから。死なないでね。軽羅」
ーーー
「歳星くーん? どこかなー?」
幻曜はのんきに追いかけていた。
所詮は子ウサギ。獅子が全力を出す必要はない。
(でも軽羅君の血を吸ってたらやだなー。人の手垢がついたものはそそられないんだよね)
ならば、あそこで逃がしたのは適切ではなかったか。
「子ウサギちゃんだと思って甘く見たかモッ」
突如、巨大なハンマーで殴られたような。頭が肩に埋まってしまうほどの衝撃を受けた。人間ならば首骨を折って即死だっただろうが、それだけでは止まらず、幻曜はぶちぶちぶちと潰されていく。まるで、真上からプレスされた空き缶のように。
重さが数百倍になったかのように足元のビルの天井をぶち抜き、ドゴンドゴンと四階、三階と下り、ほんの二秒ほどで一階の床に突き刺さった。
地響きを立て、ビルが倒壊していく。
尋常ではない砂煙が舞い上がった。
「っ、げほっ、ごほっ! ……あー。効いた。血を吸ってなかったら再生に十分はかかったかも」
倒れてきた巨大な瓦礫を簡単に殴り飛ばし、白スーツだけがズタボロになった幻曜が這い出てくる。
ほどけた髪を結び直す。乱れたオールバック。
砂煙よりはるか上空。雨を浴びてこちらを見下す影があった。
「――ヤッパ、歳星君か」
死の象徴である雪の髪は光沢を放ち、風で遊ばれていた。尖った耳。爪は伸び、羽まで真っ白に染まっている。
肌は白く、元の造形の良さも手伝って、白銀の精霊のようだった。
――美しい。
あまりにも。
ズタボロの服が余計に素体の美しさを際立たせる。
幻曜の目が憎悪に彩られた。それは嫉妬だったのかもしれない。
自分が怪物のような姿になっているのに対し、同じく血を吸ったはずの子どもは、神話の世界から抜け出してきたような。天使のように儚く、冬月のように麗しい。
クッと喉の奥で嗤う。
「ははっ。ポリシーは捨てたようだね」
挑発するように手を叩く。
「結局血を吸ったんじゃないか! 君も俺と同列だ。あ、強さは俺の方が上だけどネ。……死んじゃった? 私の軽羅君」
「お前のじゃないし。お前は許さない」
見えない力で地面に叩きつけられる幻曜。内臓と血が全方位に飛び散り、無残に圧殺される。
が、やはり格上。
巻き戻しされたように血と内臓が一ヵ所に戻ると、破けた皮膚が塞がり、元通りの「幻曜」を形作る。
平然と話し出す。
「その見た目で重力を操るか。当たりを引いたじゃないか」
歳星は肩で息をした。
(効いてないし、二回喰らっただけで見破るか……)
「ふふ。それに引き換え私は地味でいけないね。相手の物質化――それが私の能力だ。面白かっただろう? 私の攻撃で負傷した部位は、例え吸血鬼でも再生できない。……いやなんで君、腕治ってるの⁉」
今気が付いたのか、同じように空中へ浮き上がるとビシッと指をさす。
(傷口がガラス(物質)化したのか。再生しなかったわけだ)
余裕綽々な幻曜を見つめる。
「肩から腕を切断しただけです」
「……。ほお? 『私に付けられた傷』を上書きしたってことか。いやはや、若い頭って柔軟でいいね。なおさら――
――殺しておかないと」
幻曜が巨大化した。違う。あまりの速度で近づいてきたためそう感じたのだ。
振り下ろされる爪を、自身の爪でギリギリ防ぐ。
ギィン!
「おほ。やるね。ではまた、削っていってあげよう」
「くっ」
再び繰り出される連撃。廃墟の空に火花が散る。
舞い踊るように争う天使と怪物。
両腕のおかげで前回ほど削られはしなかったが、優勢なのは怪物のようだった。
「はは! 足りないね! 大事な軽羅君の血を吸っても、君は『吸血前の私』のスペックに届いただけだ! 吸血で強化した分が、足りない、なぁ‼」
「ご!」
顔面を蹴り飛ばされ、傾いたビルに滅茶苦茶に突っ込む。建物を貫通し、地面でバウンドした。
「く、そ」
肉体に突き刺さった鉄筋やガラス破片を無造作に引き抜く。
「君のせいで無駄に建物を壊しちゃったじゃないか」
「!」
起き上がる前に白い靴が見えた。サッカーボールなら破裂している威力で蹴り上げられる。
「――ッ」
口から大量の血を吐いた。
ごろごろと転がり、痙攣するだけとなる白吸血鬼。幻曜は退屈そうに、だがどこか安心した風に息をつく。
「可哀想だけど。君は殺しておくね? 私は唯一、不死身の吸血鬼を殺せる能力を持っている。そんな私と敵対したのが、不運だったネ」
例え大地の裂け目に落としても、飛行能力のある吸血鬼は地上に戻って来てしまう。そう。吸血鬼を殺す手段は、「ほぼ」無い。
「私が世界での例外、ということだ。歳星君」
靴音が近づいてくる。
「でも吸血鬼と戦ったことないんだよね。私も。だから本当に死ぬのかは自信ないんだ。傷口が再生しないだけで、生きてる可能性もあるし」
ごりっと、歳星の頭に足を乗せる。
「君で試させてね?」
――ドスッ
「……は?」
くっちゃべっていた幻曜の脇腹に、ナイフが深々と突き刺さっていた。
吸血鬼の弱点。弱点というほどではないが、彼らを弱らせる銀のナイフ。
(軽羅君が投げ……? いや違う! こいつだ。重力の向きを変えて、でナイフを私に当てたんだ!)
能力をもう使いこなし始めている。力を使うのは、今日が初めてのはずなのに。
悠長にしていられない。
「死ね! 死んでしまえ‼」
「お前がな」
冥い声が、足元から響いた。
白吸血鬼の手が踏み砕こうとしていた足首を掴むと、剛力のままに振り回した。
「おお――?」
急な事態に、ぶん回された幻曜は間の抜けた声を出す。
罪のない建物にぶち当てると、彼に跨り、お返しとばかりに連撃をお見舞いした。
「おお、おおおおっ⁉」
「貴方も、人間だったはずなのに‼」
人を殴ったことも無い少年が、怪物に拳を打ち込んでいく。重力まで加えた、一発一発が岩盤も砕く威力。
ドドドドと工事現場のような音を響かせると、クレーターに上半身が消し飛んだ二本の足だけが残っていた。だが再生する幻曜を殴る。再生しては殴る。殴る。殴る――
「いや待って! ギブ! 降参‼ 私の負けです‼」
何時間そうしていたのか。響いた叫び声に歳星はハッと我に返った。
自分の拳に目を遣ると、血やレバーやらでべっとりとコーティングされていた。
両足の間では、怯え切った怪物の姿が。
「……はあ、はあっ」
ドクドクと、鼓動が耳の後ろで聞こえる。頭に血が上っていたようだ。息を整えながら――歳星は拳を振り上げた。
「待って⁉ もう無理もう駄目! これ以上再生できない! 身体がそう言ってる」
「……え?」
ピタリと、歳星は動きを止めた。それと同時にぺたんと尻餅をつく。吸血によるドーピングが切れたかのように。
死のラッシュが止み、幻曜はのろのろと上体を起こすと胡坐をかいた。
「はー。まさか、はあ、再生に上限が、おえっ。あったなんてネ」
「……」
「ちょっと、死に過ぎた」
幻曜も歳星も、元の姿に戻っていた。ぼろぼろの状態で。
放心する歳星に、幻曜はつい煙草を探してしまう。
「歳星君。煙草持ってない?」
「……どうやって」
「ん?」
「どうやって幻曜さんを殺せば」
まだ殺る気満々の少年に、幻曜は顔を引き攣らせた。
「お、大人しそうな顔をしてるくせに……。殺意高くない?」
「貴方は軽羅も、恐らく他の人も平気で傷つける。殺しておかないと駄目だ。……軽羅とそう、決めたんだ」
だるそうに大人は頭部を掻く。
「歳星君。いつまで人間やってるの? 私たちは強者だ。弱い生き物や気に入った生物を奴隷にして飼うことだってできる。生態系の頂点ダヨ? くだらない正義感なんて、捨てちゃいな」
目も合わせず、歳星は顔に垂れてきた髪を耳にかける。
「いえ……。貴方のことが嫌いなだけです」
「オーケー。分かった。仲直りしない? ほらほら! 数少ない生き残り同士。仲間じゃないか。ナカヨクしよーよ」
鬱陶しいほど明るい声。あと一回殺されれば消滅しそうだからなのか、やけに下手に出てくる。それか子どもなので舐められているだけか。
歳星はふらつきながらも立ち上がる。
「軽羅の様子を見てきます。貴方はその後に殺します」
「ねえ! 断言やめて? 待って⁉ 同じ生き物じゃん? あっと、歳星君?」
つまずいて転びかけながらも縋りついてくる。いい年した大人を無視して公園だった空間に向かう。
迂回するのも面倒なのでフェンスを切り裂いて、雑草の群生地に足を踏み入れる。
それは、嫌でも視界に飛び込んできた。
「……軽、羅」
「あーらら」
遊具にもたれ、赤い水溜りのなかで座り込んでいる軽羅の姿。生きていない。事切れている。近くをゾンビが通りかかったのに、人の肉に見向きもしなかった。奴らは死肉には群がらない。
血が滲むほど握りしめていた拳を開いて、軽羅の横で同じように座る。
幻曜の存在も何もかもどうでもいい。起き上がれる気が、しなかった。
「やっと見つけた家畜三号が……。歳星君とシェアしようと思ってたのに」
喧しいので殴り飛ばしておく。
「もう死ぬって‼」
起き上がれないんじゃなかったの⁉ とか何か言いながら公園の外まで吹き飛んだ誰かに背を向け、軽羅の身体を抱きかかえようとした。せめて、埋葬しようと。
「歳星。……勝った、のか?」
「――え?」
伸ばした両手がビクリと止まった。
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