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続 崩壊した世界で
※ 少年吸血鬼×少年です。ここからはバトルではなくいちゃつきメインです。
力の関係上、無理矢理っぽい場面もあります。苦手な方はお気をつけて。
西暦二千××年。多分梅雨。大雨。
どのくらいの降水量かと説明するより、外を見た方が早いだろう。拠点にしていた車庫が大地の裂け目に流されていく。拠点から遠く離れた比較的損傷の少ないマンションの一室にて。崩れながら流されていく車庫を見ていることしかできなかった。
底なしの大地の裂け目が水を呑み込む。おかげで水が溜まる事はないが、強い水の流れが発生していた。断崖が幅の長い滝へと変化する。晴れていれば虹が拝めそうだ。
大地に恨みがあるかのように、叩きつける大粒の雨。湿って変色した畳の部屋には、布団が二つ並んでいた。
窓辺に腰掛け、豆粒サイズの拠点を見送る少年。自信たっぷりといった顔つきだが、その頭は奇抜なレモン色だった。
「止まないな‼」
窓ガラスを震わせるとっても元気な声。
「朝とは思えないね……」
いまだ布団で寝転がったまま、枕を抱いている黒髪の少年も窓に目を遣る。背中からは寝るときに邪魔そうな、しかし立派な翼が生えていた。
吸血鬼、である。朝が弱いのではなく、単純に熟睡できなかったようだ。なんだか三キロは痩せた気がする。
眠そうに目を擦っている仕草でも目を奪われるほど美しい。ひたすら容姿が神がかっている。
(ふん? 雨音がうるさくて眠れなかったか?)
吸血鬼は聴力が良い。自分といるのが苦痛だろうなと同情するほど。
椅子から降りると、レモン髪の少年――軽羅(かるら)は布団の上を四つん這いで近づいてきた。
そのことに枕を抱き締める力を強めた黒髪の少年が身構える。猫嫌いの人に猫が近づいてきたように。
黒髪美形の少年・歳星(さいせい)が固まっていると、軽羅は前髪をかき分け彼の額に手を添えた。
「眠れなかったのか? 頭痛いか?」
「あ、ばっ……。んでもないよ。寝なくて平気だし。寝てないし」
「ふーん?」
吸血鬼の歳星は眠る必要が無い。そう百回言われても軽羅は信じられず、昨日の晩、彼を布団に引きずり込んだ。「待って待って! ちょ、無理本気無理だから‼ 本当に無理‼」とか目を回しながら抵抗していたが、抱きしめてやると静かになったのでてっきり眠ったのかと。
雨続きで気温が下がり、寒かったのだ。なので、彼を湯たんぽ代わりにしたのだが。
「具合が悪いか? 冷えたか?」
「あ、あのね……。吸血鬼は風邪引かないって、言ってるじゃん」
軽羅はそっと手を放す。
そのまま歳星を見続けると、彼はいたたまれないと枕で顔を隠してしまう。
「邪魔だ」
枕を奪い取ろうとするも、歳星は全力で抵抗した。ギギ、と枕が伸びる。
「なんで見てくるの⁉ あ、目か」
「そうだ!」
吸血鬼には目が赤くなる個体が確認されている。敵味方の区別がなくなる暴走状態。そうなっていないか、歳星の目を確認するのが日課だった。
取り上げた枕を椅子にシュートして、歳星の顔を両手で包み込む。
「ふへ」
なんだか可愛い声を出した歳星を気にすることなく顔を近づける。悪気はなかったが慣れで距離感をミスり、トン、と鼻先同士がぶつかった。
「〇×△♯!‼?!」
「おお。すまんな‼」
高速後転で廊下へ消えていく同い年の少年に詫びる。
「大丈夫か? さっきから心臓の音すごいぞ?」
「……ふぎゅ」
追いかけると歳星は廊下で倒れていた。
誰も住んでいないマンション。辛うじて人が住めそうな部屋は、布団の敷いてあるこの一室だけだった。他は屋根が抜けていたりガラスが散乱していたり。扉開けるなりゾンビが飛び出してきたり謎の血痕まみれだったりと、ホラーハウスのような有様だった。
布団の横で、持てるだけ持ってきた荷物と鉢植えのプチトマトにハエがたかっている。軽羅がしっしっと追い払う。
「この部屋も、長居できそうな環境ではないな」
「軽羅の馬鹿……」
鼻トンしてからというもの、歳星の機嫌が斜めだ。今も、枕を抱いたまま軽羅を背もたれにしている。おかげで両サイドを翼で挟まれ、動けない。
(そんなに痛かったか?)
顎を撫でながらうーんと悩む。弱点とされる銀のナイフで刺しても、吸血鬼は割と平気そうだったのに(大量吐血はしていたが)。
とにかく、狭い空間で険悪なままなのは精神衛生上よろしくない。すぐに仲直りすべきだ。
軽羅は羽にぶつからないよう、首を後ろに捻った。
「歳星。すまなかった! そんなに嫌だったとは。謝る‼ こっちに、顔を見せてくれないか⁉」
「……ん」
思っていた百倍素直に振り返ってくれた。とはいえ、まだ不機嫌そうだ。美形の不機嫌顔は迫力がある。
「悪かったな! 機嫌を直してくれ」
「……何が悪かったのか分かってるの?」
「鼻が痛かったのだろう⁉」
親指を立て、すごくいい笑顔だ。
(やっぱり分かってないっ)
むくれると、さっと前を向いてしまう。
後頭部しか見えなくなり、軽羅はどうしたものかと珍しく困惑した。
「歳星……。よし! なんでも一つ、言う事を聞いてやろう。なんでも言ってみろ」
純情少年は吹き出す。
「はっ⁉」
軽羅はウインクをサービスする。
「出来る範囲だがな。さ、遠慮するな。俺とお前の仲だ」
「え? う、あ、う」
何を想像したのか、感情に合わせてバサバサと翼が動き荷物をなぎ倒す。軽羅の真正面にあったプチトマトは無事だったが、扇風機〈強〉のような風が髪や葉を揺らした。
庇うようにプランターを抱き締める。
「歳星! 落ちる。プチトマトが吹っ飛んでしまうぞ」
「お、お前が変なこと言うからだろ!」
翼を制御できないのか、プチトマトに負けないほど真っ赤になった歳星は、巣に飛び込むリスのように布団に潜っていった。
しばし掛け布団がばっさばっさと浮いたり落ちたりしていたが、三分もすると落ち着く。
軽羅はホッと息を吐き出してプランターから離れた。
「歳星?」
ゆっくり近づくと、布団団子をぽんと叩く。
団子はもぞっと動いた。
整った顔が出てくる。
「……何の話してたっけ?」
「え? ああ。言う事を聞いてやるぞ」
歳星は顔をしかめた。
「そういうこと。あんまり、人に言わない方が良いよ?」
「分かった‼ お前にだけにする!」
「!」
歳星カメは再び引っ込んでしまった。
「歳星~?」
「軽羅の馬鹿馬鹿っ!」
「……なんでだ?」
しばし団子の周囲をうろうろしていたが、やがて団子を背もたれにしてくつろぎ始める。
背もたれにされていることに気づいたのか、むすっとした歳星が出てくる。
「なに、くつろいでるの?」
背もたれにしていたものがなくなり、布団の上にぼすんと倒れ込んだ。
「おお! やっと出てきたか」
待ってたぞとハグしてくる。高い体温の少年に包まれる。昨晩の布団の中の拷問(共寝)を思い出しハゲるかと思った。あれで三キロは痩せた気がする。責任取ってほしい。
彼の腕を振り払うと、軽羅の両腕をがっちりと掴んだ。目を合わせる。
「軽羅。本当に? 言うこと聞くの?」
「ん? ああ。二言はない!」
「……っ」
何かを言おうとしたようだが、どんどん歳星はうつむいていく。太陽を直視できない夜行性のように。そのうち両手まで震え出す。
「歳星? 寒いか?」
彼が両腕を伸ばして抱きしめようとしてきたので、逃げた。
「散歩行ってきます!」
散歩?
「災害級の雨降ってるぞやめろ‼」
追いかけたが追い付けるはずなかった。
今現在、水は無限にある。中華鍋や集めた鍋に水を溜め、大規模な火災を起こして湯を沸かす。それを無事だった浴槽を引っこ抜いて持ってきたそこに流し込み、温まる。
マンションの一室で歳星はお風呂に入っていた。
「いやはや……吸血鬼の入浴は豪快だな」
「ふん」
もちろん。大雨でなかったら焚き火サイズの火で沸かしている。
呆れたような笑顔で、軽羅がタオルと着替えを置いていってくれた。
「はあ」
軽羅が部屋に戻ったのを足音で確認すると、歳星は息を吐き出す。
――この気持ち、伝えた方がいいんだろうか……
軽羅は友達だと思っているからあんなこと言ったり気軽にハグしてきたり一緒に寝ようと言ってきたりするのだろう。こちらとしては無防備でいてくれて嬉し……なんだか騙しているようで気が引ける。
(言ってしまうか)
男同士だし、フラれる確率は高いだろう。それでも「ええ? 気持ち悪い」とか酷いことは言われないと信じ切っていた。まだ短い付き合いだが、軽羅はそんな性格ではない。しっかり受け止めて、答えをくれるはずだ。
クラスの隅っこで人間観察ばかりしていた歳星は、人を見る目には自信があった。
「……うん」
せっかくなのでしっかり身を清めておこう。清潔感が大事だと何かで聞いたことがある。清潔感さえあればと、浴槽のお湯で全身を洗ってしまう。
「あ、しまった」
この後、軽羅にも「入れば?」って言ってやるつもりだったのに。
諦めてお湯から出る。
身体を拭き、置いてある浴衣に袖を通す。紺の生地に白い鳥が舞っている柄。探索に出しているもう一人の吸血鬼・幻曜(げんよう)が「見て見て! すごくきれいな浴衣見つけた」と持ってきてくれたものだ。破けてあったし砂まみれだったが、瓦礫の中から発掘したとは思えない一品だ。
翼用に大きく背中に穴が空いている。適当に自分でダイヤ型に切ったのだ。浴衣の着方もわからないため、適当に前で合わせ、帯を腰でこれまた適当に結ぶ。腰で縛っただけのワンピース状態だ。股がすーすーして落ち着かない。大股で歩くときわどいところまで見えてしまいそうだ。自分や幻曜の肌はどうでもいいが、これを着た軽羅の太ももが見えた時、自分は平常心でいられるだろうか。
「何考えてんの、俺」
年齢的にも至って健全な思考だが、正体不明の罪悪感がズシッと乗っかってくる。早く告った方が良い。軽羅に「無防備でいたら駄目だ!」と思ってもらうしかない。
布団の部屋へ向かう。
「軽羅。出たよ」
「おお。おかえり……髪くらい拭け」
「あ」
縫物中だった軽羅に指摘され、タオルを取りに戻る。風邪を引かないと判明してから自分の世話が適当になってきた。
タオルを首にかけて布団を踏む。
「布が散らばってるから、気をつけてな。ボタンがついてるやつもある。踏むなよ」
「う、うん」
怪我なんてしないって言ってるのに。軽羅は普通の人間に接するような態度を止めない。彼は吸血鬼ではないから、超人の感覚が理解できないのだろう。別に嫌ではない。おかげで歳星は、普通の少年の感性のままでいられた。
彼の近くで腰を下ろす。
「あのさ。軽羅も風呂入る? それならお湯を汲み直してくるから」
「まだ温かいだろ? 入ってくる。だがその気遣いは有り難く受け取ろう」
裁縫を中断してタオルを引っ張り出す軽羅を止める。
「待って待って。俺、お風呂で身体洗っちゃったから!」
「? 風呂で身体を洗わないで何をするんだ?」
「いや違。……お湯が汚くなってるから!」
「夏場、泥パックしたのを覚えてるか? あれに比べれば飲めるほどきれいだ。気にするな!」
「ふがっ?」
白い歯を見せた笑顔で、なんだかとっても嬉しいことを言われた気がする。
ほわほわ状態になった歳星を置いて、軽羅はさっさと風呂に行ってしまった。
布団の上に倒れ込む。
「はあ。好きだなぁ」
彼の笑顔が焼きついて離れない。どうして荒廃した世界であれだけ前……前どころか上を向いていられるんだろう。
強制的にこちらも、つられて上を向く。幻曜が軽羅を家畜以上に気に入るのも分かってしまって辛い。
「……」
一人で何もしないでいると、軽羅のことばかり考えてしまう。今のうちに歯を磨きに行った。軽羅と出会う前までは、身だしなみなど気にしたことが無かったのに。学校行く前に、が鏡を見てちょいちょいと髪型を直すだけ。
(なつかし)
もう戻れない日々。あの退屈だった日常の繰り返しが、いまや輝いて見える。それに比べて今は。足元から崩れていきそうな不安定な薄氷の上。
駄目だ。太陽がないとどんどん暗い方へ浸ってしまう。
お風呂用にと沸かしたが余ったお湯で口をゆすぎ、口元を拭ってふうと一息。
「歳星」
「ギャッ」
ガララと浴室の扉が開き、浴衣姿の軽羅が出てくる。風呂上がりの彼を直視できず、視線をあっちこっち泳がせる。水色の生地にアサガオの咲いた浴衣。自分と同じく腰で布を巻いただけの……巻いていない。腰紐の端を手で持ち、肩にかけた状態だ。
軽羅はくるっと背を向ける。
「すまん。背中で結んでくれないか? うまくできん」
「適当に前とかで結んどきなよ」
はっとした顔の軽羅と目が合う。
「ああ、そうだな。俺としたことが。浴衣の帯は、つい背中で結ぶものだという固定概念が」
「やったげるよ」
「え? ああ、そうか」
彼が向こうに行きかけたので、犬のリードのようにピンと帯を引っ張って止めた。
お望み通り軽羅の背中で布を結んでやる。少し斜めになった蝶々結び。
「ありがとう‼ 上手いな」
「大袈裟だって……」
毎朝父のネクタイを結んでいちゃこらしていた両親の真似をしたくなったんだと思う。
あ、駄目だ。泣きそうだ。
顔を背けて目元を擦る。浴衣の生地はよく涙を吸った。
「……」
片方の口角だけ上げると、歳星の手を掴んで部屋に連れて行く。散らかした布を脇に寄せ、彼を布団に座らせた。
「よし! 存分に泣いて良いぞ‼ 大丈夫だ。俺が、ついててやる」
まだ濡れている黒髪を存分に抱きしめた。家族と離れ離れの寂しさは理解できる。泣いたっていい。
泣き顔を見られたくないと配慮したのだが、べりっと引き剥がされた。
「あれ?」
「軽羅っ。いいから。抱きつかなくていいから」
風呂に入ったからか、人前で泣いたのが恥ずかしいからなのか。耳まで赤い。
「泣くのは恥ではないぞ! もっと泣け。泣けるときに泣いておけ。なんで遠ざけるんだ。ぎゅーさせろ! ぎゅーって! よっしゃ任せろ‼」
「何を⁉」
ぐぐぐっと近づこうとするも、歳星が押し返してくる。分かってはいたが、本当に力では勝てない。しつこく迫ったせいか布団に引き倒された。
「うぶっ」
「軽羅あのさ。話があるんだけど」
「なんだ! 言ってみろ‼」
上向きに倒れた軽羅に、歳星が覆いかぶさってくる。
「え……えっと、ね」
濡れた黒髪が頬に当たる。軽羅は髪を耳にかけてやった。
「うん。聞いてるぞ」
「う、あの。……好、きなんだけど」
「うん。何がだ?」
「……その。軽羅が」
下からウインクが飛んでくる。
「俺もだ‼ 親友というやつだな。いや、環境的に戦友の方がかっこいいか? 嬉しいぞ! お前と仲良くやっていきたいと思ってたからな!」
「恋人になってほしいって意味なんだけど……」
尻すぼみになっていく声。
はた、と軽羅の動きが止まった。
(ふん?)
軽羅は頭の中で整理する。
歳星の表情からして、冗談で言っているわけではなさそうだ。男同士だが、それも込みで告白してくれたのだろう。思い返せば、たまに見せる歳星の妙な反応も、自分のことが好きだったと思えば納得できた。その想いは嬉しいし尊いと思う。
(だが、ふったら、フられたら歳星はどこかに行ってしまうのだろうか)
ハッキリ言って、そこが気がかりだった。歳星なくして生きていける甘い世界ではない。しかしここまで尽くしてくれた彼に、適当な返事が出来るわけもなかった。
「歳星」
起き上がろうとしたが片手で押さえられた。同い年の少年の腕は鉄の柱のよう。胸に置かれた手首を掴むもビクともしない。いや本当に動かない。ぱっと見の筋肉量は変わってないのにどうなっている。
「座りたいんだが」
「……」
歳星の瞳は真剣だ。逃がさないと両手両足で閉じ込めてくる。
諦めて手を放し、軽羅は大の字で寝転がった。
「人生初の告白がお前からとはな。嬉しいぞ‼」
歳星は意表を突かれたように目を丸くする。
「えっ? そうなの? 軽羅、モテるでしょ?」
「ウザいと思われがちだからな! 男友達しかおらんかった!」
(……)
その気持ちは分からなくもない歳星だ。
(じゃあ、俺が独り占めできるってことか?)
それは有り難い。軽羅は全人類から嫌われていればいい。自分だけの物だ。
「では俺の血を吸わずにキスしてきたのもッ」
ガッと口を手のひらで塞がれた。
「軽羅。そういうのいいから。返事だけちょうだい」
「……」
思い出すと恥ずかしいのか、痛いほど顎を掴む力が強い。顔も背けている。
「フガフガ」
「あ」
自分で口を塞いでいることを思い出したのか、ぱっと手を放した。
「お前のことは友人としか思えんな」
「……そう」
軽羅の上から退ける。
これで歳星がどこかに行ってしまっても、それは仕方のないことだろう。うやむやにするようなことをするべきではない。
上体を起こすと、歳星はしっかり目を合わせてくる。
「じゃあ、好きになってもらえるよう、頑張るよ」
今度は軽羅が目を丸くする番だった。
「ほお? 諦めないのか。では俺も、好きになれるように意識して生活するとしよう」
「え? っと……俺のこと、好きになる可能性がある、の?」
歳星の手を握る。
彼は毛先までピャッと跳ねた。
「人生は最期まで、どうなるか分からんからな。というか、お前のことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。……待ってて、くれるか?」
倒れてしまわないか心配なほど歳星は揺れ出すが、手を握り返してきた。
「待ってる。あ、いや。待ってるのは暇だから、俺からぐいぐい行くからね。覚悟してよ」
流石に軽羅も赤くなった。
「うぐ。そ、そうか……」
歳星が覗き込んでくる。近くに迫る、普段の大人しい性格で緩和されている面相。こういう真剣な表情をすると歳星は鋭い刀身のように、抜群にきれいだ。
「うお! なんだ⁉」
「軽羅もそういう表情するんだね」
「見るな!」
両腕で隠そうとするが、手首をがっちり掴まれる。顔をうつむけ、髪の毛で隠そうとするとやさしめに押し倒された。両手は頭上で素早く一纏めにされる。
「へ?」
顎を掴まれ、顔を隠せないようにされる。上からじっくり観賞されている。
たまらずに足をばたつかせた。埃が舞う。
「いや、ちょ! 羞恥系の拷問だぞこれ‼」
「俺も昨日拷問されたから、お返し」
「なんの話っ……あっ‼ 昨日の布団の……いやあれは! お前の気持ちを知らんかったからで」
「うん。だから俺も、早めに告った方が身のためかなって、思った」
「身のためっ、うん! 悪かった! 悪かったから!」
無意味だと分かっているのに暴れる軽羅に狩猟心を刺激されたのか、歳星の瞳孔が猫のような縦長に変化した。
「え?」
軽羅がそれを伝える前に、歳星の手が歳星を殴りつけた。吸血鬼の身体が割と転がる。
「いってて」
「な、何をしている」
「……軽羅のこと、お、襲いかけたから。このままヤっちゃえって。心が、囁いた気がして」
「自制できて偉いぞ‼」
わしゃわしゃと黒髪を愛犬にするように撫でる。
歳星が上目遣いでねだるように見てきた。
「……襲ったら、駄目?」
ピシッと、笑顔のまま固まる。こいつはわんこではなく狼だ。いや吸血鬼だ。撫でていた手が離れた。
「それはセックスしたいって意味か?」
「ん、ぶっ! まあ、はい」
軽羅は腕を組んで考え込む。
「まともな医療も受けられないのに、粘膜同士の接触は危険だな」
「あ! そっか。俺は平気だけど、軽羅は、だもんね」
「だが触れ合うのは悪い事じゃない。恋人ができた時のために。一番は俺で、恋人には世界で二番目に幸せになってほしいからな! しっかり保健体育は勉強しておいたぞ!」
イキイキと教科書を捲るジェスチャーをしている軽羅に、浴衣の肩の部分がズレた。
ウインクしながら親指を立ててくる。
「男同士のヤり方も勉強済みだ! 俺がばっちり教えてやるぜ‼」
歳星が、上機嫌な軽羅の両肩を掴んだ。
「軽羅」
「ん?」
「真面目な話なんだけど」
「うん?」
「俺が上だよね?」
「身長の話か?」
「えーっと。俺が抱く側、だよね?」
「男の抱き方を知っているのか?」
歳星は項垂れた。
「すまんすまん。言い方があれだったな。何もいきなりおっぱじめなくとも。最初は、互いの身体をさわ、触り合う、ところからでいいと思う」
顔を上げると、軽羅も照れくさそうな表情だった。
「そう?」
「ああ。ここ触られたくないとか、絶対あるだろう? そういうのを、あれだ、教え合う? 時間から入っても良いと思う」
「……」
「俺たちはまだまだ、お互いのことを知らないからな」
「う、ん」
少年たちはゆでだこ状態だった。高校生男子には少々難易度の高い会話かも知れない。保健体育はともかく、軽羅も恋愛は初めてだ。保育園で同じ組の女の子、舞音(まいめろ)ちゃんにほのかな恋をしたくらいか。
ぷしゅーと、互いの頭から湯気が出る。
浴衣にお風呂上がりで布団の上をいう状況も良くなかったかもしれない。
ギクシャクしながら、雨が止むのを待った。
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