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続 崩壊した世界で Ⅱ
縫物に没頭していると、同じく裁縫を手伝ってくれていた歳星がじりじりとにじり寄ってくる。害がないので放置していると、肩が触れ合う近さになっていた。
「歳星。肘ぶつかるぞ?」
「さっき言ってたこと。やらない?」
「マジンガーXの話か?」
「その前! お互い、嫌なとこがあるかもしれないから、ふ、触れ合って確認するとか、そういう、やつ」
「はあ」
軽羅は犬歯で糸を切った。
歳星の頬は紅葉のように染まっている。彼が自分を好きでこういう表情をしていると思うと、なんだか可愛く思えてきた。
「いいが、もうちょっと暗くなってからにしないか?」
「なんで?」
「恥ずかしい、というか。あまり明るいと」
歳星は窓の外に目を向けた。
「もう夜かなってくらい暗いけど?」
そろそろ人間の視力では裁縫も出来なくなってくる暗さだ。ものすごく電気をつけたい。
「どんなに闇の中でも俺には関係ないし。ね? やろうよ」
「……」
わんこの皮を被った吸血鬼が袖を引っ張ってくる。
触れ合う云々は好き同士になってからーという思いで言ったのだが、うまく伝わってない様子。これは俺が悪いな。
(まあ、構わんか)
触れ合うくらいなら。軽羅も男だ。気持ちいいことは大好きだ。
「では、裁縫道具を片付けてしまおう。針が落ちてたらいけないしな」
「うん!」
犬の耳が一瞬、歳星の頭部に生えたような。
大雨はわずかに勢力を弱めたようだった。
しかし大地の裂け目に流れ込む水量は相変わらずで、人間が外に出るのは危険である。
じめっとしてどこかべたついた室内。体調に影響しそうな布団を踏んずけ、二つの影が蠢いていた。
「ここは? どう?」
「ちょ、ちょっと待っ」
「軽羅が、触られないと分からないなーって言うから触ってるんでしょ? ちゃんと言ってよ」
投げ出された素足が、シーツをしわくちゃにしていく。
注射を嫌がる猫を取り押さえるように、軽羅を背後から抱え込み、股の間に座らせていた。
「く、くすぐったい! 変な声出る‼」
「あんまり遅い時間になると爪がさ、鋭くなっちゃうから。ちょっとの辛抱だって」
時計代わりにしている身体の変化。まだ人間の爪を生やした指は、軽羅の浴衣の上を這いまわっていた。
「ひうっ!」
「あ。ここ弱い?」
「弱……待て触るひゃああっ‼ 駄目おま、触るなコラ‼」
声が響き渡る。
腕を剥がそうとしてくるが、アリとアリクイくらいの力の差に無駄な体力を消費していくだけとなる。
「うるさいよ。軽羅」
「……っ!」
「矛盾するけど、声我慢しなくていいから。ここは? 痛いとか気持ちいいとか、教えてってば」
ツン、と脇腹を突く。浴衣一枚の軽羅はビクッと、指から逃げるように身体をくの字に曲げる。
「う!」
「脇腹は? 弱いの?」
「はあ……っ、あのな。いやうん。馬鹿みたいにくすぐったいから、つつかないでくれ」
「じゃあ、くすぐるのは?」
脇腹を両手で掴み、五指を蜘蛛の足のように動かす。
甲高い悲鳴が鳴った。
「ひぎゃあああっ‼」
「くすぐったがりなんだね。へー。面白いかも」
「今っ、面白いって言ったか?」
汗だくの軽羅が肩越しに睨んでくる。歳星は「やば」と口を手で隠した。
あっつい手のひらが、歳星の手首を掴む。
「歳星。ちょっと。休憩くれ」
「俺にもたれてていいよ?」
「体勢がどうのこうのではなく‼ 呼吸が辛い! くすぐるの止め……」
背中をツゥーッとなぞられた。
大げさなほど、背筋がのけ反る。
「―――ッ⁉ か、やだ」
腰が抜けたのか、へたり込んでしまう。
震える軽羅を仕方なく布団に寝かせてあげた。
「背中、弱いんだ?」
「……じ、自分がこんなに、くすぐったがりだとは、お、思わんかった」
ゼェゼェと額に腕をおいて胸を上下させている。
「くすぐったがりもそうだけど、敏感なんじゃない?」
「嫌か? うるさいだろ。告白の取り消しも、いなまら受け付けるぞ?」
「ううん。エロくていいと思う」
「……」
軽羅は「育て方間違えたかな」と遠い目になった。
額に貼りつく髪を払い、むくっと起き上がる。
「馬鹿みたいに、どこ触られてもくすぐったい。こんな俺をどう思う? 好きでいられそうか?」
「えっちな恋人って最高だと思う」
「……」
まだ付き合ってないよな? と、軽羅は不安を抱えた。
「うーん。俺に触る時は優しく触ってくれ」
「おっけ。じゃ、続きね」
喧嘩直前のように指をバキバキ鳴らしている歳星に枕を投げた。
「なに?」
「なんでずっと俺のターンなんだ! 次はお前だろ。触らせろ俺にも」
歳星は年相応の顔で唇を尖らせる。
「だってその方が楽しいじゃん。俺が」
「お前はな?」
「いいだろ。俺が先に告ったんだし」
「俺はその告られた本人だが⁉」
必死で押しのけようとするが無理だった。馬乗りになられてしまう。
「軽羅が暴れるから、まだ全然触れてないとこあるじゃん。夜になるって」
「くすぐったいんだからしょうがな……」
「ねえ。キスしていい?」
好意を伝えたせいか、歳星がかなり素直になっている気がする。欲望に。
「まだ、駄目だ。付き合ってないだろ」
「ぶー。軽羅が可愛いから。キスしたくなるんだ。軽羅が悪いのに」
「おふ。俺を『可愛い』という人間が、母とおばあちゃん以外にいるとはな。予想してなかった」
目の前の美形が頭一つ抜きんでているだけで、身長も平均を上回っていて体格も良い。筋トレブームが訪れたのだ。胸筋で学校指定のシャツのボタンが締まらないほどに成長。胸をがばーっと開けて登校したら先生に呼び出しをくらっ……この話は置いておこう。決して、可愛い容姿などではない。クラスメイトからは男性ホルモンが歩いていると言われたこともある。
鳥肌が立っている軽羅の腰布を解く。
「歳星さん?」
「どうしよう。自分を止められない」
「それは、不味いな」
貞操の危機である。これまで歳星の自制心頼りだったのだ。彼がここで「まあいいや。襲ってしまえ」となられると困る。非常に困る。逃げることも太刀打ちもできない。
軽羅は息を吸い込み、固い声を出した。
「やめろ。嫌いになってしまうぞ」
「ッ」
怯えたように歳星の手が止まる。
素早く遠ざかった。
「ありがと。頭が冷えた」
「それは良かった」
腰布を巻き直す。
「くすぐらないから、触って良い?」
「さては頭冷えてないだろ」
もう真っ暗だ。トマトの場所も、歳星がどこにいるのかも分からなくなってくる。ここまで暗くなるとすることも無い。ぼーっとしていても虚しくなるだけだ。
「くすぐらないのなら、いいぞ」
「どこ見て喋ってるの?」
「歳星どこだ?」
衣擦れの音がすると、つんつんと頬をつつかれた。
「軽羅の右側にいるよ」
手を伸ばそうとするとすぐにぶつかった。
「あ、すまん」
「いいよ。腕触るね?」
「ああ」
マッサージ師のように二の腕を揉んでくる。結構気持ちいい。
「(俺相手には何の意味もないけど)筋肉あるよね。軽羅」
「(マウントとられた気がするな‼)ひょろかったからな。身体を分厚くしたかったんだ」
筋トレより、その前の体重を増やす段階の方が大変だった。
軽羅も歳星の腕をもみもみ。
「細いな。これでよく猪に勝てるなお前」
「うん。原型を留めたまま倒すの大変だけど」
そうだな。小石投げたら爆散するものな。
ぺたぺた。
「俺は今、どこ触っている?」
「俺のほっぺ。ちょっとくらい見えない?」
「目を閉じてても開けてても変わらん」
「そっか」
もみもみ。もみもみ。
血行が良くなったせいか、眠くなってくる。
「眠い。寝るわ」
「一緒の布団で寝る?」
軽羅はフッと笑ってみせる。
「昨日はあんなに嫌がってたくせに」
「嫌だったんじゃなくて、理性が飛びそうだったんだよ」
「なあ、布団どこだ?」
畳をぺたぺた触っている軽羅を、布団の上に転がしてやった。
「助かる」
「お邪魔します」
誰かが布団に潜りこんでくる。
「うむ」
「不安そうな顔しないで、何もしないから多分」
「多分かぁ。まあいいだろ」
背中にあると邪魔なので、二人して結び目を腹に移動させる。
「おやすみ」
「うん。おやすみ。……ドキドキして眠れないかも」
「目を閉じていろ」
軽羅の手が頭を撫でてくる。彼のこういうお兄さんっぽいところも好印象だ。甘えていたくなる。
が、すぐに寝息が聞こえた。
「相変わらず寝つき良いね」
一度だけ軽羅を抱き締めると、歳星も目を閉じた。爪や牙の変化を感じながら。
暴動が起きていた。
ピサの斜塔のごとく傾いたビルの屋上から見下ろす広場で。炎が激しく燃え広がり、武器を手にした人間たちが暴れている。
初めは、新種のウイルスの可能性を疑った。「死ら雪」とはまた違う病原菌。人を錯乱状態にさせるウイルスか何かが猛威を振るっているのかと。これには吸血鬼たちも無視できない。
警戒態勢に入るが……
望遠鏡など必要のない吸血鬼二名が眺めていると、だんだんと目が白け、肩の力も抜けてくる。
ウイルスでもなんでもなく、上裸チームと農民っぽい武器のチームが争っているようだった。恐らくだが、食料や物資を奪うために放火や殺人をしているのだろう。世紀末な光景だが、生き残りがいたことに驚く。
大人吸血鬼。白地に黄色い花浴衣の幻曜はひゅうっと口笛を吹いた。
「なーつかしぃ~。まさに人間って感じ」
「せっかく。生き残っている人を見つけたと思ったのに」
歳星はがっくりと肩を落とす。
「まーまー。落ち込みなさんなって。歳星君。騒ぎに乗じて家畜をかっぱらいに行こうヨ」
「どうぞお好きに」
長い黒髪をオールバックにし、後ろで一纏めにしているナイスミドルは「お」っと片眉を上げた。
「てっきりツッコミパンチを食らうと思ったのに」
「両親と軽羅以外どうでもいいです」
「あっはっは! 笑える。正直だねー」
手を叩いて笑っていた吸血鬼と、柵にもたれかかりうんざりと下界を見下ろしていた吸血鬼の姿が一瞬にして消えた。
こんな傾いたビルに登らせられないと、一階に置いてきた軽羅の声が聞こえたのだ。
「なんだ貴様ら!」
「おいこいつ。『軽度感染者』だぜ。あの派手な頭」
「マジかよ。ゾンビじゃん」
「サンドバッグにして遊ぼーぜぃ」
バット片手に、上半身裸のいかにも、といった若者が軽羅に詰め寄っていく。
軽羅は壁際まで後退る。
「俺は自我がある! ゾンビじゃない。大丈夫だ‼」
「どーでもいいってそんなこと」
「ここは俺たちが仕切ってんの。分かる? 俺たちが法・律なんだよ」
「弱者は従えよ。化け物がよおぉ」
幻曜は嬉しそうに、刺青の若者の肩を親しげに叩いた。
「気が合うじゃないか。では畜産業に協力してもらおう」
「「「は?」」」
バット三人組は仲良くたんこぶを生やして倒れた。
「軽羅!」
幻曜が無駄な殺生をしないか見張っていた歳星が抱きついてくる。
「おう」
すぐに離れると腕をぺたぺたと触ってきた。
「軽羅! 怪我はない? 怪我は?」
「無い! ありがとう来てくれて‼ よく聞こえたな」
うるさそうに幻曜は耳をとんとんと叩く。
「ヤッパ連れてきゃよかったかな? わずかたりとも、一人にさせられないね。軽羅君」
「いや。この辺はゾンビが少ないようだから、俺も油断していた。改めよう」
近くにショッピングモールがあるために、人が集まったのだろう。近辺のゾンビは駆除され、首無し腐肉が一ヵ所に積み上がっていた。ゾンビは首を斬るか頭を潰せば動かない。重火器や吸血鬼もなく、どうやってあれだけの数を倒せたのか。
抱きついている歳星の背中をぽんぽん叩く。
「心配かけたな‼」
「うん」
懐いている猫のように頬ずりしている。大きい猫のように思えてきて頬が緩んだ。
「チョットォー? 歳星君ばっかりズルくなーい? 私にも触らせてよ」
「暇なら争いでも鎮圧してきたらどうですか?」
「私、正義の味方っぽい事キライ」
バット三人組を積み重ねて、その上に腰掛ける大人吸血鬼。
「争い? 暴動が起きているのか?」
「あ、そっか」
軽羅にも見てきた風景を教えてやる。
「そんっ! そんなことになってるのか⁉ 騒がしいと思ったら」
「軽羅君ほど騒がしくはないよ?」
即座に歳星は軽羅の腕を掴んだ。
「ん? どうした?」
「飛び出して行きそうだったから」
「なっ! 心読んだか?」
「はあ……」
幻曜までため息をついている。
歳星の手から腕を引き抜こうとした。
「これ以上、人類に減ってほしくないんだ。おい放せ! 行ってくる‼」
「はいお馬鹿さん。殺されるよ? 大半が武器持ってるんだって。さっきゾンビ扱いされたの、もう忘れた?」
「っ」
幻曜のカミソリめいた目線に軽羅がたじろぐ。「軽度感染者」ということで殺されかけたトラウマがよみがえったのだろう。頭痛そうに額を押さえた。
「そうだった……。俺はゾンビ扱いなんだったな。歳星が優しすぎて忘れていた」
「うん」
励ますように軽羅を抱き締める。軽羅も頭を優しい友人の肩に預ける。
「ハイハイ。いちゃつかないのお二人さーん」
「いいとこなんで邪魔しないでください。畜産業、応援してますよ」
「その前に一ついい? 軽羅君は何で人類の味方してるの?」
「俺は人類だが?」
そうじゃなくて、と幻曜はバット若者の一人を持ち上げた。
「さっき人類には……なんだっけ? 『減ってほしくない』的なサムイこと言ってたでしょ? あれ何?」
「ん? 人類が多い方が復興しやすくないか?」
「まさか、元の文明社会に戻ると思ってるの?」
中途半端に幼少期を食の飽和時代、平和な国、道徳のある社会で生まれ育ったために、軽羅は諦められなかった。
拳を握ってまで叫ぶ。
「俺はクーラーを諦めきれない‼」
きれない……ない……ない……なぃ……ぃ
ビル内がいつまでも震えて、声を反響させる。
魂の叫びに、耳を塞いでいた吸血鬼二名は微妙に納得できた。
「ま、暑いモンネ……。日本の夏」
「北海道にでも引っ越す?」
「それは後で。それよりも暴動が気になる。遠くからチラ見するだけだから腕、放してくれ」
歳星が手を放してくれない。歳星ごと行こうかと考えたが、背中を押しても電柱のように動かせなかった。根でも生やしているのかこいつは。ぐぎぎぎぎっ。
「歳星~」
「楽しそうだね。君タチ」
幻曜は三人組を窓から捨てていた。
「吸血しないのか?」
「どうせ人間ファーム(牧場)作るなら、美少女牧場にしようかなっと。牧場の名前はどうしよっかな~」
ドン引き少年たちの視線が突き刺さる。いい大人は唾を飛ばした。
「引いてんじゃないよ! 特にそっちの長身の方! 君も吸血鬼でしょうが! 君だっていずれ牧場を作るよ! それか人間を多頭飼いしているか。私のこと言えなくなるさ」
背を向けると暴動の方へ歩いていく。
駄目な大人を見る目になる軽羅。
「……」
「あのっ! 吸血鬼が全員、幻曜さんみたいな考えってわけじゃないからね?」
「ああ。信じている。そこは気にするな」
こちらを一切見ないで言い放つ軽羅に、歳星は惚れ直していた。
「ゲホッ、ゲホッ。なん……煙いな」
歳星は軽羅を担ぐと走り出した。チーターの速度で廃墟樹林を突破し、損傷のマシな民家前で軽羅を下ろした。
「速い……。素晴らしいな」
「さっき見た時、火事が起きてたし。その煙がこっちきたんでしょ。気になるのは分かるけど近寄らないでおこう?」
民家の扉を開け、内部を探索する。軽羅には玄関で待っててもらう。
「駄目だ。中もぐちゃぐちゃだ。服も物資もなにも残ってない」
「漁られた後か。絨毯やスリッパも残ってないか?」
「うん」
空のリュックを見せつけてくる。
「そうか。では拠点の方に行くか」
プチトマトや荷物たちは先に夏の拠点の方に先に置いてある。山奥の、川近くの別荘。虫が多いとか言ってられないほど暑い夏(サイレントキラー)から逃げるために。
「すまんな。俺が暑いの苦手なせいで。お前まで山奥に」
「んー? 山奥の方がゾンビ少ないし。俺はいいよ」
「あっ‼ 『超重度感染者』」
軽羅は驚いた顔で、足音に気付いていた歳星は冷めた顔で振り返る。
暴動から逃げた人々だろうか。こちらを指差した人を先頭に、ぞろぞろと曲がり角から人が出てくる。鉄パイプやバール、手ごろな石といった武器になりそうなものを全員が手にしていた。必死で両親の姿を探す。
戦争中の避難所生活。どういうわけか大人と子どもで分けられ、両親や祖母と離れ離れになってしまった。歳星と出会ったのも、その避難所でのことだ。
親の姿はなかったが、久しぶりの大勢の人。
「おお……」
一瞬、軽羅が嬉しそうな顔をしたが、すぐに自分の存在を思い出して暗い顔になった。幻曜にはああ言ったが、クーラーが手に入っても「軽度感染者」の自分は人々の輪の中に入れない。
(似合わねー)
軽羅ばっかり見ている歳星が、バシッとレモン頭の背を叩く。はっと顔を上げた軽羅ににこっと微笑む。
「……俺らしくなかったな」
「いいよ。いつも励ましてもらってばっかだし。たまにはね」
なんだか瑞々しい青春の微炭酸空気を弾けさせる少年二人に、人々は胸を殴られたようだった。
「夏拠点行こっか」
「そうだな」
「待ってくれ! 君たち!」
人々が駆け寄ってくる。敵意は感じなかったが武装している人が全員な為、軽羅より一歩前に出た。
「なんでしょうか」
「ハァハァ……。『超重度感染者』だ。本物だ。皆見ろ!」
「すっげえ! 本当に翼がある」
「イケメンに翼だと? 畜生!」
さまざまな感想が飛び交ったが見世物になるつもりはない。両親もいないようだし、軽羅を抱き寄せて飛び立とうとする。
それを感じ取ったのか群がってきた。複数の手に浴衣を掴まれる。
「君たち! どっからきたんだ? 人が暮らしているシェルターとか、あるのか?」
「なあ! よければ俺たちと暮らさないか? 二人なんだろ? ここは一部の力を持った者たちが仕切っていて。もう毎日生きた心地がしないんだ! あいつら追い払ってくれよ。強いんだろ⁉」
もみくちゃにされる。浴衣を引っ張られて辛い。どうやって散らそうかと歳星が悩んでいると、
「落ち着け‼ ここにいる者で全員か⁉」
力強い声に、人々は衝撃波を受けたように吹き飛んだ。
便利だなと、歳星は音速で耳を塞いでいた。
「貴様ら男だけか? 女子供は?」
武器装備の人たちは腰を抜かしたまま顔を見合わせる。歳星は軽羅のズレた浴衣を直していた。
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