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第3話

「すごい……」 翌日、白希は感動のあまり身体を震わしていた。 テレビのチャンネルがこんなにもあるなんて。真岡が持ってきてくれたカード?とかいうものを挿したら、さらに色んな番組が見られるようになった。 もし自分の部屋にテレビがあったら、一日中見ていただろう。そして一日なんてあっという間だっただろう。 目を輝かせながらリモコンを置き、部屋の中を見回してみる。 個室で、他に患者は誰もいない。 テレビの横にある謎の機器とか、アルコール消毒とか、お見舞い品のお菓子とか。そんな小さなものでも、見ていて心が踊る。 家を失い、家族が行方不明。私が外の世界に出てしまったことも大変な事態だというのに……。 緊張感より高揚感の方が高くなってしまっている。 窓際に寄り、パイ生地をチョコレートで包んだスティック状のお菓子を食べた。 「……!!」 その美味しさと言ったら、軽く立ちくらみするほどだ。 こんなに美味しいものが存在するなんて……やっぱり、世界は広い。 菓子箱の裏を見て製作所の住所を確認していると、ドアをノックする音が聞こえた。入ってきたのは、昨日と同じ真岡だった。 「白希様、おはようございます。よく眠れましたか?」 「お、おはようございます。ええ……とても」 お菓子を置き、慌てて頭を下げる。 「退院の手続きをしてきました。こちらの服に着替えてください。外に車を用意してます」 「は、はぁ……」 何だかお高そうな黒い手提げ袋を渡される。そこには男ものの洋服が入っていた。 「私は廊下に出てますから、着替え終わったら声を掛けてくださいね。では」 そう言うと彼は廊下へ出て行ってしまった。 「……」 何だかあれよあれよという間に事が進んでる気がする。 かといって動かない理由にもならない為、用意してもらった服に着替えた。 初めての患者衣にも中々興奮したが、今回の感動はそれをさらに上回った。 「これでいいのかな……?」 高そうなズボン、シャツ。腕時計まで入っていたから、一応つけてみた。 家に篭もるようになってからはずっと着物だったから、洋服の着心地に違和感がある。 でもすごくいい。 洗面台の鏡の前で自分の姿を凝視する。思わずぼうっとしていたが、ハッとして部屋を出た。 「真岡さん! 申し訳ありません、お待たせしました……!」 慌てふためいて身を乗り出すと、真岡は手に持っていたメモ帳を仕舞い、顔を綻ばせた。 「全然待ってませんよ。それよりとてもお似合いです」 「そうでしょうか。変じゃありませんか?」 「とんでもない。着丈もぴったりですが、見事に着こなしておられますよ」 部屋の中をざっと整理し、真岡に連れられて一階へ降りる。 「ありがとうございます。でも、その……どうしてここまでしてくれるんですか? この服や時計もすごくお金かかりましたよね」 受付で、真岡と事務員のやり取りを眺める。自分ができることは何もなく、淡々と支払いの話を拾っていた。 「私は家もお金もなくて……お恥ずかしい話、仕事もしたことがありません。お世話になった分を返していきたいけど、すぐにはとても……」 「ご心配なく。白希様のことは、全て宗一様が預かるおつもりですから」 「え」 宗一? その名前は嫌というほど知っている。だけど、まさかここで聞くとは思わなかった。 「宗一さん……に会えるんですか? いや、それより私を助けてくれたひとって」 「ええ。水崎宗一様です」 病院のエントランスを抜け、目の前のタクシー乗り場に進む。 その時、足元に落ちていたジュースの缶に気付かず蹴ってしまった。 急いで拾い上げたが、その瞬間、火傷しそうなほど缶が高温になった。 「あつっ!」 驚き、思わず手を離してしまう。そのせいで運悪く、缶は目の前の道路に転がっていってしまった。 あんなところに放置するわけにはいかない……。駆け足で缶を取りに行こうとした時、 「白希様! 危ない!」 背後から真岡の叫び声が聞こえた。 え、と思って横を向いた時、車の大きなボンネットが見えた。 ────これはまずい。 今度こそ駄目だと思い、衝撃を想定して瞼を伏せる。 身体が宙に投げ出されるイメージをしたけど、いつまで待っても車と接触しない。 ブレーキが間に合ったんだろうか。安堵して瞼を開けると、目の前の車は不自然に浮いていた。 と言うのも、前方だけだ。後輪はちゃんと地面についている。まるで自転車のウィリーのような状態で、ドライバーも目を丸くしていた。 「ふう。危なかった」 低いが剽軽な声が聞こえた時、車はゆっくり下におり、前方も地についた。ドライバーが慌ててブレーキを踏んだのが分かった。 「あ……」 速すぎて反応できずにいたが、あの火事のときのように、誰かに抱き寄せられている。 淡い髪と、大きな背中に目を見張る。自分の前に現れた青年は、前に翳していた手を下ろし、にっこり微笑んだ。 「迎えに来たよ。さぁ、今度こそ私の家に帰ろう」

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