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第12話

買い物は無事に終わったけど、生まれて初めて美容院に連れて行かれた。 おしゃれな人しかいない美容院で、わけも分からぬままセットされ、鏡を見せられた。染めてもないのに艶々で、頭からすごく良い香りがする。 とりあえず一番嬉しいのは、髪が短くなってちょっとは男っぽく見えることだ。 「いやー、しかし余川さんて肌白いですね。普段から気をつけてるんですか?」 「え? い、いえ。えーと、インドアなもので」 なにか聞かれて困ったらとりあえずそう言うように宗一から教わった。流行りの音楽、ファッション、時事ニュース、全てにおいて知識のない自分は知らぬ存ぜぬで済ますしかない。 「そうなんですねぇ。……はい、お疲れ様でした。良い旦那さんですよね、終わるまで待っててくれて」 「えぇ……」 まだ結婚してないんだけど、宗一はどこに行っても既に夫婦のように振舞い、一言目には「妻が」、と話し出す。非常に困惑してるが、専業主夫と思われることで助かってる部分もある。自分は学生じゃないし、定職も就いてない。プライベートについて訊かれると困ることがたくさんある。 温室育ちで、尋常ではない世間知らず。そう振舞った方が都合がいい。恐らく宗一も同じように考えている。 「宗一さん! すみません、大変お待たせしました」 「そんな待ってないよ。それより……」 「?」 宗一はなにか言いかけて、それから白希を勢いよく抱き締めた。 「うっ! ちょっと、宗一さん……!?」 「すっ……ごく可愛い。混乱してるから、このまま少し気持ちを落ち着かせて」 「いやいや……!」 幸い待合室に誰も居ないから良かったものの、こんなところを見られたら大変だ。何とか彼を引き剥がし、乱れた髪を整える。 可愛いという形容詞はともかく、似合ってると思ってくれてるのだろう。それは素直に嬉しい。 「ありがとうございます。これでちょっとは男らしく……」 「うんうん。かわ……かっこよくなったよ」 「ありがとうございます!」 彼が言い直したのは分かったが、これでようやくズボンが似合う外見になった。スタイリストの青年にもお礼を言い、店を後にする。 「散髪して、服も整えて……あとはボディケアかな。今から行けるサロンを探そうか」 「宗一さん? あの、色々していただけるのは本当に嬉しいんですけど、本当にもう大丈夫です。俺には分不相応だし、今の時点で充分過ぎるから。本当に」 焦りすぎて、本当にを三回言ってしまった。 怖々反応を待っていると、彼は納得してくれたようで、小さなため息をついた。 「そうだね。一気に色々やったら白希も疲れちゃうし……もう夕食にしようか」 「はい。ありがとうございます!」 心苦しい……というよりただただ申し訳ないけど、すごく元気に答えてしまった。 でも今は無事に家に帰ることが先決だ。気を引き締めて彼のあとを追ったけど、高そうなお寿司屋さんに連れていかれてさらに疲れが倍増した。 「ふぅ……」 宗一の家に帰宅し、ソファに座った白希は考える人のようになった。 お寿司は絶対美味しかったはず。だが緊張し過ぎてあまり味がしなかった。 宗一が連れて行ってくれる場所はどこも素敵で感動するが、場違い感が否めない。深刻な状況にある自分が行っていい場所ではないと思う。 今は保険の補償金があるが、今日だけでも相当お金がかかっている。宗一は気にしなくていいと言ってくれるけど、そんな訳にはいかない。 「結婚かぁ……」 それはつまり、互いに支え合って生きていくことだ。 収入次第で相手を養うこともできるけど、自分はまず働かないといけない。……二十歳になったこともあり、もう誰かに寄生することはしたくなかった。 学歴なし職歴なし、経験なしだけど、何としても働き口を探さないと。 逆に、宗一さんはどう思っているんだろう。冗談ではなく、本気で自分と添い遂げたいと思ってるんだろうか。 何の役にも立たない、むしろ迷惑ばかりかける男を伴侶にしたいなんて普通は思わない。 宗一のことは好きだし、結婚に対して否定的な考えがあるわけじゃない。だけどどうしても疑問に感じる。 夫婦になって、彼に何のメリットがあるのか。 「おつかれ、白希」 「お疲れ様です」 上着を脱いだ宗一がリビングへ戻ってきた。彼は隣に腰掛け、それから不思議そうにこちらを覗く。 「スマホは使った?」 「あ。いえ……まず何をしたらいいのか分からなくて」 「はは、それもそうか。じゃあゲームでもしたらいい。アプリのインストールから教えるから、電源をつけてごらん」 アプリ? インストール? 聞き慣れない単語を脳内のスペースに入れながら、彼の指示通りスマホを操作する。 「画面に触るだけで動くって、とても画期的ですよね。どこのお店に行っても、注文や会計はこのタイプでした」 「そうだね。最近はタッチレスで、画面に触れなくても指の動きだけで反応する端末も多いよ。今後はもっと非接触型が好まれるからね」 ははぁ。本当に、何百年か先の未来に来てしまったみたいだ。 テレビも見せてもらえない家で育ったから、こういった機器は特に疎い。それでも宗一は丁寧に、優しく使い方を教えてくれた。 「アカウントはこれで登録完了。とても飲み込みが早いよ、さすがだ」 「宗一さんのおかげです。ありがとうございます」 よく分からないけど、これで色々できるらしい。初期設定って大変だな。 「何でもそうだけど、難しいことばかり先に覚えようとするから苦手意識が生まれるんだ。本来の使い方なんて後回しにして、まずは楽しみを見つけよう。例えばほら……こういう可愛いキャラクターが出てくるゲームが良いんじゃないかな」 「わ。本当だ、可愛い」 動物を模したキャラクター達のパズルゲームを、試しにインストールしてみる。初めてだから難しかったけど、ワクワクしてすごく楽しかった。 「はは、惜しいね。もう一回」 「はい。これ面白いです……!」 宗一にも見てもらう為に、なるべく肩を寄せてゲームした。今では嗅ぎ慣れた彼の香水が、鼻腔をくすぐる。 はしゃぎ過ぎて子どもっぽいと思われたかな。ちらっと盗み見ると、彼は優しい顔で白希を見守っていた。 「……」 何だか、見られてることが恥ずかしいと思うほど。 大切な……愛しいものを見るような、慈しみが含まれた瞳。何故そんな目で自分を見るのか分からず、狼狽えた。 さっきまでのように、ゲームに集中できずミスを連発した。 「……あはは。負けちゃいました」 「おっと。でも良い感じだったよ」 「ありがとうございます。このスマホのお金も、補償金がおりたらお返ししますね」 宗一を見上げると、スマホを持つ手を掴まれた。 「だから、それは良いんだよ。私からの誕生日プレゼントだ」 長い指が、白希の指の間に入り込む。 「誕生日ぐらい祝わせてくれ。それに成人のお祝いもしたいと思ってるんだから、ここで遠慮されるとやりづらいよ」 「いや……だって、ここまで色んなことしていただいてるのに。申し訳ないです」 本当に、家に泊まらせてくれてるだけで有難いことだ。だが宗一は、難しい顔をして首を横に振る。 「君を手に入れたいと思うのも、全て私のエゴだよ。私が手に入れられなかった君を、他の誰かに奪われたくないだけ……。ようやく君を愛でられるんだから、その幸せに浸らせてほしい」

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