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第18話

ずっと胸に引っかかっていた疑問。 それもこれ一つではないけど、まだ全然整理できてない為無理やり抑え込んでいた。 深夜帯の火事。屋敷の近くには家もなく、消防に通報されるのも遅かったはずだ。白希は納屋から屋根裏に移されたばかりで、慣れない空間から安眠できなかったのが幸いだった。 異臭がして一階まで降りると、屋敷の中は既に黒煙と炎に包まれていた。 あの夜は、数年ぶりに目を覚ました気がした。煙による息苦しさを覚えたとき、自分が“生きてる”ことを思い出した。 今まで死んでたのか、と思うぐらい、鮮明に。 痛むのは喉と目。それと心。どこをさがしても誰もいない。そんな状況で救いの手を差し伸べた、憧れの人。 あまりにでき過ぎてると、さすがの自分も分かっている。 沈黙を貫いて答えを待ってると、宗一さんは小さく息をついた。 「あの日は、元々帰る予定があったんだ。君の家が火事になっていることは、ある人から聞いた」 「ある人って?」 「申し訳ないけど、それは言えないんだ。でもこれだけは誓う。その人も私も、君の味方だ」 味方……。 曖昧で漠然とした言葉だ。だけど彼の真剣な表情に気圧され、それ以上は訊けなかった。 確実なのは、彼は俺の家について、俺以上に知っている。 渦中にいるはずの自分が一番現状を理解してないんだ。こんなに虚しく、情けないこともない。 でも、疑う理由もない。助けてもらったことに変わりはないし、……何なら騙されたっていい。裏切られても受け入れよう。 こんなにも大胆な考えに至るのは、相手が宗一さんだからだ。俺には想像もつかないなにかを背負ってるようだから……少しでもその荷を軽くできるなら、利用してほしい。 犠牲的になってるわけじゃない。 どうせあの時死ぬかもしれなかったんだ。火事が起きなかったとしても、屋根裏で孤独死してたかもしれない。今さらどうなろうと、怖くはない。 それより誰にも認識されない方がずっと怖くて、暗くて、苦しい。 本当の恐怖は死ぬ間際にはやってこない。何にもない、孤独な時間にこそ訪れ、心を蝕む。 自分は既に救いようがないところまで来ている。今はそれを見抜かれないように。 「ありがとうございます。それだけ聞ければ……もう充分です」 白希は瞼を伏せ、静かに頷いた。 彼が何を考え、自分を傍に置いてるのか。その理由も、本当は何でもよかったんだ。 ただ、誰にも必要とされなかった……むしろ厄介者でしかなかった自分と関わろうとしてくれたこと。必要としてくれたことが堪らなく幸せで、嬉しい。 今心臓が止まったとしても未練はないほど。 ……なんて。自分も大概変人だと、内心笑った。 宗一は少しだけ困ったように微笑み、白希の額にキスした。 「もう遅い。そろそろお休み」 「はい。おやすみなさい」 部屋に戻ろうと離れた際、掠めるように互いの手が触れた。 力はもれてないはずだけど、今までで一番熱かった。 寝室に戻り、電気は点けずそのままベッドに倒れる。 「ふぅ……」 こうしてると昔に戻った気になる。でも外から射し込む月光が部屋をほのかに照らして、実際は実家よりずっと優しい場所だ。 こんな時間がずっと続けばいいと、不覚にも思ってしまった。 もっともっと、彼と色んな話をしたい。 明日のことすら分からないのに、こんな気持ちを抱えるのは罪だ。 甘くて優しい。その優しさが、ちょっと苦しい。 矛盾だらけの感情が足を引っ張って、頭の中が中々片付かない。 まだちりちりと痛む指先を天井に翳し、円形の蛍光灯を宙でなぞった。 一日目の夜よりも頭は冴えていたけど、自分が思ってるより疲れていたらしい。柔らかいシーツに沈んでしまえば終わりも早く、世界は閉じた。

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