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第23話

宗一は飄々と語ったものの、一瞬だけ激情を秘めた瞳を真岡に向けた。 「今まで何も知らずに過ごしていた自分が歯痒くて仕方ないよ。彼らを信用して、距離を保っていたが故に招いた結果だ。……もっと早くに会いに行けば良かった」 彼の底知れない恋情が恐ろしいし、彼をそこまで執着させる青年もすごい。 今でこそ宗一の方が過重な愛を向けているが、もしかしたら白希の方が……先に彼に……。 「……さ、今日は直帰してゆっくり休んでくれ」 宗一は真岡にウィンクし、去り際に手を振った。近くのベンチに置いていた紙袋をとり、マンションのエントランスへ消えていく。 また何か考えてそうだな……。 自由過ぎる上司に呆れるが、さっさと退散するのが吉だ。 真岡は空いた助手席に鞄を起き、車を走らせた。 「白希、ただいま」 「宗一さん! お帰りなさい!」 玄関から上がってきた宗一に気付き、白希は足早に迎え入れた。コートを受け取り、ハンガーにかける。 「お仕事お疲れ様です。あの、勝手に申し訳ないと思ったんですけど……お風呂沸かしたので、先に入りませんか?」 「おや。よくやり方分かったね」 「スマホのおかげですよ。本当に便利ですね」 白希ははにかみ、浴室の扉を開けた。湯温は申し分ない。宗一はジャケットも脱ぎ、にっこり微笑んだ。 「ありがとう。せっかく白希が入れてくれたんだから、先に浸からせてもらおうかな」 「良かった……! どうぞどうぞ!」 白希は嬉しそうに片手で入浴をすすめる。 全く、可愛いにも程がある。 今すぐ抱きたい衝動を堪え、彼の手をとった。 「じゃ、一緒に入ろうか」 「え!?」 当然のように提案すると、白希は背筋をぴんと伸ばし、硬直した。 「お、俺は後で大丈夫です。二人だと狭くて、宗一さんもお辛いだろうし……」 「白希は細いから全く気にならないよ。一緒に入ってくれた方がリラックスできるというか、疲れがとれる」 「わ……わかりました。でも隅にいますね」 彼は諦めたように、いそいそと服を脱ぎ始めた。 宗一も続けて服を脱ぎ、浴室に入る。 昨夜と全く同じ光景。互いにお湯をかけ合い、頭を洗った。 スポンジをとってボディソープをつけようとすると、白希が前に回った。 「……あの。お背中流しましょうか」 まさかそんなことを言われるとは思わなくて、反応が遅れた。 「あ、ご迷惑でしたら言ってください! 背中は洗いづらいかな、と思って……!」 「いや、嬉しい。是非お願いするよ」 そう言ってスポンジを差し出すと、やはりパッと笑顔を浮かべた。本当に掴みにくい……繊細な子だ。 「にしても、背中を流そうなんて殊勝だね。誰かにしたことあるの?」 「あぁ……本当に小さい時、父にしたことがあったかもしれません。それでかな……」 白希もよく分かってないようで、天井を見ながら呟いた。 目の前に鏡がある為、背を向けていても彼の表情が窺える。これは中々良いと内心口角を上げた。 「ち、ちなみに宗一さん。これで今日の分はクリアになりますか?」 「今日の分って?」 「宗一さんに、俺から触るっていうルール……いや、日課です」 白希は横にずれ、後ろから覗き込む。前髪がぬれて、毛先から雫が滴っている。まるで宝石のようで、思わず手を伸ばした。 「ふむ……」 彼なりにあの手この手で乗り切ろうと考えているんだろう。その涙ぐましさ、もとい可愛らしさでイエスと言ってあげたいところだが。 それを良しとしたら、毎晩背中を流すだけで良くなる。 自分が設定したスキンシップとは大きく異なってしまう。 「これはノーカウント」 「ええっ! ふ……触れてるのに!?」 「これは日常動作だよ。これがOKなら、隣同士に座ってて手が触れただけでもOKになってしまう。非常に繊細な話だけど……」 白希は深刻かつ真剣な表情で聞いている。可愛過ぎて笑いそうになったが、俯いて誤魔化した。 「くっ……とにかく、スキンシップというのは相手の心を揺らすこと。私の心を、君なりに揺らしてくれ」 「揺らす……ですか。何だか難しいですね。そんなに奥が深いとは思いませんでした」 「ふう……うん」 最後は適当な返事になってしまったが、シャワーを手に取り泡を洗い流す。 「今すぐじゃなくて、ゆっくり考えていこう。私も君の心を動かしたいから」 ぬれた髪を撫で、白希の膝や太腿についた泡も流した。隠す場所もなくなり、綺麗な肢体があらわになる。 彼の腰を引き寄せ、一緒に浴槽へ入った。 「今日はお疲れ様。真岡から聞いたよ。大変な手続きをたくさんお願いしたけど、君は本当に飲み込みが早いと褒めていた」 「いえ、俺は何ひとつ理解してません! 真岡さんには申し訳ないけど……」 「大丈夫。その為に真岡を呼んだんだし」 白希は向かい合うと、自分の胸に手を当てた。 「俺は……本当に、ここに居ていいんですか?」 声だけ聞けば、まるで泣いてるようだった。震えて、今にも壊れてしまいそう。けど表情だけは冷静を装い、しっかりこちらを見つめている。 気丈に振舞おうとする、その脆い強さがたまらなく愛しい。 だけどめちゃくちゃに壊して、愛して、甘えてほしい。彼の方から自分に縋りつくぐらい。 頭の中でだけ理想を描き、彼の頬に手を添えた。 「君の居場所はここだ。それは十年前から決まってる」 家のことではない。自分の腕の中というつもりで告げた。 白希は理解してないだろうが、静かに頷いた。

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