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第25話
「……」
食事が終わり、歯を磨いてる最中も宗一の台詞が頭から離れなかった。
君を迎え入れる準備はできてる。
────あとは君の心の準備だけだ。
彼は席を立つ際にそう零し、白希の片手にキスした。
あんなこと、生きてる間に言われるとは思わなかった。
口をゆすいで照明を消す。廊下へ出ようとした時に段差があったことを忘れていて、思いっきり転んでしまった。
「白希? 大丈夫!?」
尻もちをついた音が響いた為、宗一が顔面蒼白で駆けつけてきた。何とも情けないことでお騒がせしてしまった。申し訳なくて、そのまま土下座の体勢に移行する。
「すみません、大きな音を立てて。……下の階の方にも響いたはずです」
「それは申し訳ないけど……怪我はないかい?」
廊下の明かりを点け、宗一は白希のズボンの裾を捲りあげた。
「わわ。大丈夫ですよ、ちょっと倒れただけですから」
「不安だな。白希は細いから、骨折とかしてそうで」
求婚から一転、お年寄り扱いだ。
でも確かに、否定はできない。何年も日に当たってないし、運動してないし、そんなに栄養あるものも食べてこなかった。
でも痛みはないから捻挫どころか擦りむいてもいないだろう。宗一を安心させようと顔を上げた瞬間、……視界が急上昇した。
「ここじゃよく分からないからベッドでちゃんと見る」
「いやいやいや! 宗一さん!? ちょ、下ろしてください……!」
昨日の危機再来。また体重を調節され、抱き抱えられてしまった。
ていうか重量調節なんかしなくても、彼なら俺を軽々と持ち上げられそうだ。すごく鍛えてらっしゃるし。
色々考えてる間に寝室に連れてかれ、手のひらや膝などボディチェックをされた。
「……うん、見た感じはどこも怪我してないね。良かった」
「大丈夫ですよ。それに俺は男ですから、ちょっとぐらい怪我したって」
「白希が怪我したら気が気じゃないよ。こればかりは頭で分かってても駄目で……心の問題だな」
そう言うと、彼は叱られた子犬のようにしおれてしまった。可哀想でこれ以上は言えない……。
「すみません。そもそも俺が転んだのがいけませんよね。気をつけます」
「いや、注意してたって怪我はするさ。白希は悪くない」
体育座りから正座になり、彼の言葉に頷く。
「そういえば……今日、宗一さんに頂いた絆創膏が活躍しました」
役所にいる時、指を切ったおばあさんに絆創膏を渡したことを伝えた。彼は終始真剣な表情で聞いた後、強い力で抱き締めてきた。
「そのおばあさんの言う通りだよ。白希は本当に良い子だ」
「そんな、宗一さんのご配慮の賜物ですよ。……ただ、おばあさんの言ってたことが印象的だったんです。同じ場所にずっといることなんて、人間である以上不可能なのかも、って」
宗一と向かい合わせになりながら、力を抜く。彼の胸に顔をうずめた。優しい力で頭を撫で、宗一は小く呟いた。
「確かにね。誰もがいずれは老いて、自分の力では生活することが困難になる。……それでも帰る場所があるというのは恵まれてる」
「ですよね。だから、俺も今とても幸せです」
両手を持ち上げ、恐る恐る前に伸ばす。何度も躊躇したが、やがて大きな背中を抱き締めた。
「今日も、必死に手続きしてる間は大丈夫でした。でも手持ち無沙汰になって、じっとしてる時はすごく不安で……早く宗一さんに会いたいと思いました」
「それは本当?」
「えぇ。真岡さんのおかげで乗り切れたんですけどね。俺ってやっぱり、まだまだ子どもみたいです。ごめんなさい」
不安が高じて、無意識に彼のことを思い出していた。早く帰りたいというのは、早く安心したいということ。
宗一の変わらない笑顔を見て、癒されたかった。
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