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第53話

幸せも確かに更新されてくけど、夜の営みも(激しさが)更新されていく……。 身体の中心までえぐられるような激しい突きを受け、限界まで仰け反る。肌がぶつかる度にいやらしい体液が弾け、シーツをぐちょぐちょにぬらしてしまった。 さすがに朝まではいかなかったけど、眠りにつけたのは午前の三時だった。 「おはよう、白希。良い朝だね」 「はい……おはようございます」 日が昇った後も、身体中がぎしぎし痛んだ。 げっそりしている白希とは反対に、宗一は爽やかな顔でシーツを洗濯している。 「日曜の朝って、何もなくても良いね」 「えぇ、本当に」 身体はしんどいけど。と言いたいのをぐっと堪え、二人で朝食をとる。どうやら今日も出掛けるらしく、宗一は休日だというのにスーツを着ていた。 どうしたのか不思議に思っていると、宗一は白希にもスーツを着るよう促した。 「疲れてるところ申し訳ないけど、今日もお出かけするよ」 「は、はい!」 ネクタイの結び方も分からなかったけど、宗一さんがやり方を教えてくれた。 それにしてもスーツなんて只事じゃない。怖いところだったらどうしよう。 ……でも彼と一緒になると決めたんだ。彼がいるなら、例え地獄でもついていく。 そう密かに誓ったのが二時間前。今は、やっぱり色々無理かもしれないと思い始めてきていた。 「宗一……貴方、本気なのね?」 「本気だよ。冗談で言えることじゃない。……私と白希の間を認めてほしいんだ、母さん」 都内のホテルの一室で、俺は全身から滝のような汗をかいていた。 目の前には二人の男女が訝しげな表情を浮かべ、宗一さんを見ている。俺は散々座っていいと言われたけど、とても座れる雰囲気じゃないので限界まで姿勢よく立っていた。 「単刀直入に言う方が良いと思って。私は彼と結婚したいと思ってます」 「休日に突然呼び出して、なにかと思えば。……本当に困った奴だな」 スーツを着た男性が草臥れるように椅子に腰かける。 この人が、宗一さんのお父様……いや、水崎家の元当主。 経営者という点からしても大人物。静かに座ってるだけで気迫があって、挨拶以外おいそれと口を開く気になれない。 というか自分の場合、喋ったら絶対ボロが出る。申し訳ないけど黙っていた方が良い。 「お前は昔から何でも勝手に決めて、私達の忠告を一蹴してきたな。それが今、男の……それも余川家の人間と婚姻するだと? 村と繋がりを切る為東京へ連れ出したのに、また全て無下にする気か?」 「以前お話した時は、白希を引き取ることに了承してくださったじゃありませんか」 「“保護”という形で、だ。結婚なんて聞いてない」 「余川さんとは長い付き合いですから、困ってる時は助けないわけにはいかないものねぇ」 宗一さんのお母様も微かに微笑み、近くの椅子に腰かける。 断罪されてるみたいだ。処刑場と言っても過言じゃない。 でも、これが普通なんだ。普通の親の意見。自分の大事なひとり息子を、問題しか抱えてない俺に任せたくなんかないだろう。 「大体、白希といったな。力のコントロールはできるようになったのかい?」 はわっ! 痛いところを突かれ体が跳ねる。やはり、彼はこの力がいかに脅威であるか知り尽くしているようだ。 どう答えるべきか考えていると、彼の問いに宗一さんが答えた。 「ええ、白希はもう完璧に力を扱えますよ」 全然そんなことない。 「ならこの場で見せてもらおうか。そうだな……ちょうどそこに沸きたてのお湯が入ったケトルがある。それを水にしてみなさい」 「え……っ」 宗一さんのお母様は立ち上がり、備え付けのキッチンスペースからケトルを持ってきた。 まずい。よりによってかなり苦手なことを試されてる。 冷たいものを熱くするのはわりと得意だけど、何故か熱いものの温度を下げるのは下手なんだ。 心臓がばくばく鳴るのを押さえながら、彼女からケトルを受け取った。 ここで失敗したら宗一さんとも別れることになるかもしれない。 彼と引き離されて、また村に戻ることになるんじゃ……? 考えたら恐ろしくて、息が苦しくなった。 また、あの暗くて狭い箱の中に戻らなきゃいけないなんて……それならもう、いっそ……。 「白希」 「っ!」 ケトルを持った手に、大きな手のひらが重なる。見上げると、宗一さんが傍で優しく微笑んだ。 「大丈夫。いつも通りやってごらん」 「宗一、さん……」 あたたかい眼差しを受けただけで思わず泣きそうになった。 でもこんなことで泣いたら本当にやばい人だと思われるので、首を横に振って両手に集中する。 「では、や、やりますね」 宗一さんと一緒に暮らす為。彼らに認めてもらえるように、自分ができることを全力でやらなくちゃ。 温度を下げるイメージを脳内で浮かべ、徐に頷く。カップも渡された為、そこにケトルの中身を注いでみた。 湯気は立ってない。これなら恐らく……。 カップを口に運び、宗一さんのお父様は瞼を伏せた。心なしか宗一さんも緊張しているように見える。 頼む。どうか水であってくれ。 心の中で必死に願っていると、彼は深いため息と共に脚を組んだ。 「熱くはないが。……水とは言えないな」 え。 胸が苦しくなる。宗一さんも、空いてるカップで飲み、額に手を当てた。 「今日は調子が悪かったんだよね、白希。父さん達には分からないだろうけど、私達はその日の体調によって力の制御が」 「申し訳ございません! ……私は、実はまだ完全に力のコントロールができてません!」 その場で床に膝をつき、二人に頭を下げた。 「嘘をついて本当にごめんなさい。この時点で、私は……息子さんには相応しくない人間だと分かっています」 床に頭をつけそうな勢いだと自分でも分かったけど、なりふりかまっていられなかった。本当のことを言わないと、彼らには絶対に認めてもらえない。少なくとも一生信用してもらえない。 一度欺こうとしたことは、やっぱり許されない。贖罪した上で、彼らの気持ちに真摯に向き合わないと。 「ただ……彼が好きだという気持ちには、嘘偽りはありません。生きていくことも毎日精一杯で、学ばなきゃいけないこともたくさんあるんですが……必ず自立して、彼を支えられるよう精進していくつもりです。お二方からすれば不安で仕方ないと思うんですけど、どうか信じてください……!」 もう床にも手をついて、自分なりの誠心誠意を叩きつけた。 社会的立場を背負っている彼らには、こんな誓いと決意はまるで響かないかもしれないけど……それでも諦めたくない。 宗一さんと二人で幸せになるという、夢を。

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