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第54話

「白希……」 頭のすぐ横で、片膝が床についた。宗一さんが傍に来てくれたのだと分かったけど、頭は上げなかった。 俺が今向き合わないといけないのは、彼のご両親だから。大好きな人のご両親の意見を無視するなんて、そんなの嫌だ。 「お願いします。どうか……!」 「息子さんを僕にください。……って話なんだ。父さん、母さん」 またもや俺の台詞を遮り、宗一さんは俺の手を引っ張った。強い力で引き寄せられた為、彼の胸に抱かれてしまう。 「もう充分だろう? 白希をいじめるのはこの辺にしてくれ」 「あらやだ。お父さんがひとりで盛り上がってたのよ。私は違いますからね」 「別に意地悪しようなんて気はなかったぞ。私はただ事実確認をしただけだ。余川家の者を引き取る以上、重い責任がつきまとうからな」 ……。 ……何だ? 三人のやり取りは確かに聞き取れたけど、内容がいまいち理解できない。 宗一さんに抱かれたまま固まっていると、お母様の方が口元を押さえて笑った。 「怖がらせてごめんね、白希君。さっきのはこの人が意地悪をしてたのよ。私達は別に、力のことは何とも思ってないわ」 「え」 「宗一も昔は酷かったのよー? 車を軽くして危うく横転しそうになったり……あ、横転したんだったわ。昔のことだから忘れてきちゃった」 「そんなことあったっけ?」 あっけらかんと答える宗一さんに、今度はお父様の顔が険しくなる。 「全く……。お前の力のこともあって、村から出ることを決めたんだぞ。あそこにいると余川家の者含め、力を利用しようとしてくる人間ばかりだからな」 彼はゆっくり立ち上がり、俺達の一歩手前までやってきた。 「私は危険を感じて、妻と息子を連れて村を出たんだ。だが君のことまでは救えなかった。今さら謝っても何にもならないが、……すまない」 眼前に手を差し出される。躊躇ったものの、その手をとった。 「とんでもございません。……これは私と、私の家族の問題ですから」 「だが、余川家とは昔から村をまとめる役目を背負っていたんだ。君のお父さんも様子が変わったから、私が一方的に縁を切ったんだ。でもまさか、次男を幽閉していたとはな。縁を切って正解だったな」 「貴方が辛い目にあっていたことは、私達も宗一から聞かされて知ったの。宗一も同じ力を持って生まれたのに、あまりに酷いと思って……そのことをずっと悔やんでいたんですよ」 二人は困ったように笑い、互いに顔を見合わせた。 彼らは俺の事情を全て知った上で、……俺の心情まで理解してくれてたんだ。 宗一さんが伝えてくれたおかげだと思うけど、有難くて、それに嬉しくて……結局涙が零れてしまった。 「白希くん、大丈夫?」 「すみません、大丈夫です……っ」 「もう、だから白希を脅すようなことはやめてとあれほど……」 宗一さんが不満全開にして腕を組むと、お父様は背中を逸らして高笑した。 「ははは! でもさっきの告白は良かったよ。宗一に聞いていたより威勢が良くて気に入った」 「い、威勢……」 まずい方向に受け取られ、青ざめる。すると宗一さんのお母様は、ハンカチを渡してくれた。 「ふふふ……ところで私達、会うのは初めてじゃないのよ。貴方がまだ本当に小さい時に、私とこの人は余川さん家な会合で会ってるの。覚えてないと思うけど」 そうか。確かに、篭っていた自分はともかく、彼らは親同士でたくさん付き合いがあったはずだ。 腑に落ちて頷いてると、不意によく知る人物の名前が出てきた。 「直忠君とはしょっちゅう会ってたんだけどね。どこに行ってしまったんだか」 彼女の暗いため息から、再び現状を思い返した。 余川直忠。白希の年の離れた兄だ。宗一と同い年で、彼らは友人だった。 「……元気だよ」 淡白に答えた宗一さんに、お父様は目の色を変える。 「お前、あの二人の行方を知ってるんだな?」 「全部は知らない」 「少しでも知ってるならいい。もう二度と、彼らを白希君に近付けさせるな。どんな事情があろうと、あの夫婦がやっていた事は立派な虐待なんだ。学校にも行かさず、何年も屋敷に閉じ込めて……本来警察に届けるところだぞ」 それまで落ち着いていた彼から、確かな憤りを感じた。慌てて間に入り、自分の気持ちを吐露する。 「だ、大丈夫です。むしろ、二十歳になるまで面倒を見てくれたことに感謝してるんです。俺のことが本当に恐ろしかったら、自分達だけで遠くに逃げるのが普通なんじゃないか、って」 「……それか、村から離れられない理由があった。白希君が二十歳になったと同時に屋敷が燃えて、彼らが失踪したのはちゃんとした理由がある。そうよね、宗一?」 「まぁ……でも、白希が良いと言ってるんだ。私は白希が安心して暮らせるなら、それでもいいと思ってる」 宗一さんは片足をつま先立ちさせ、二人に向かって微笑んだ。 「私を救ったのは白希の純粋な想いだよ。だから一生をかけて彼を愛すると決めた」 「あらぁ……息子が二人になっちゃうわ」 お母様の反応は何か違う気がしたけど、感慨深いようなので黙っていた。 色々な話が飛び交ったけど、どうやら彼らの心は最初から決まってるみたいだ。 宗一さんは思い出したように手を叩き、鞄の中から婚姻届を取り出した。 「私も父さんと母さんには本当に感謝してる。これまで色々迷惑かけて、本当にごめん。そして、育ててくれてありがとう」 深い一礼の後、彼はゆっくり顔を上げ、ぺんと一緒に用紙を差し出した。 「……ということで、証人のサインを貰いたいんだ」 感動から現実に引き戻すのがすごく速い。 俺が一番血の気が引いていたけど、……お母様とお父様は短い沈黙の後、苦笑しながらサインしてくれた。

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