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第59話

時間は緩やかに流れる。心配事や気になることは山ほどあるけど、今は初めてのバイトに神経を注いで、少しでも社会を知ろうと必死だった。 文樹さんとはバイトを介しながら、同い年の友人として何度も遊んだ。 「白希! 何っ……百回も言ってるけど、堂々としてみ? この世界は俺の為にある! 楯突く奴はひとり残らず地獄に落とす! ……ぐらいに思えば、怖いもんなんてなくなるんだよ」 「じ、地獄はさすがにまずいですよ……」 ある日の夕方、バイトが終わった白希は文樹と一緒に近くの居酒屋にいた。 バイトの青年の送別会として店長の境江が手配したのだが、肝心の青年は一杯で満足し、帰ってしまった。 お開き後、困ったのは文樹さんが泥酔してしまっていたことだ。ひとりで帰すには不安だったので、途中まで送っていくことにした。 地下鉄のホームに降り、ちょっとフラフラしてる文樹さんの腕を支える。 「うぇ……やばい、気持ち悪くなってきた」 「え! 大丈夫ですか!? トイレ行きます!?」 トイレはエスカレーターに乗って上に戻らないとなかった気がする。 彼の肩を押さえてどうしようか迷ってると、真後ろから高い声が聞こえた。 「あれ、文樹?」 「ん……大我」 顔を上げた文樹さんは、虚ろな瞳で呟いた。 知り合いだろうか。振り返って確認すると、そこにいたのは以前図書館のカフェで話した青年だった。 「あっ! あの時の……」 店員さん。 コーヒーを床にぶちまけてしまった時の記憶が蘇り、一気に青くなる。彼はカフェにいた時より派手な格好で、不思議そうに首を傾げた。 「余川白希……」 「え?」 自分の名を呼ばれ、思わず後ずさる。 彼とは本当に少し話しただけだ。 何で俺の名前を……。警戒をあらわにしていると、文樹さんが顔を上げた。 「あれ、何で白希のこと知ってんの」 「ん? ……前に何か話してたじゃん。女の子みたいに可愛い男の子って、この子のことじゃないの?」 「あー……大我に話したっけ……? ごめん、白希。こいつ俺の……大学の友達」 文樹さんは頭が痛そうに首を捻っている。正直、彼は今酩酊しているから……話に齟齬が生じても気付かないかもしれない。 友人に話すとしても、フルネームで話すだろうか。そしてそれを覚えてたりするだろうか。 微かな違和感が重なりつつも、彼のひと言でそれらの思考は掻き消されてしまった。 「ていうか、何してんの? こんな所で抱き合って……お前らめちゃくちゃ見られてるぞ」

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