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第90話

恥を忍んで尋ねると、彼は興味津々に食いついてきた。 「手紙? もしかして、宗一に書くつもり?」 「ええ……」 正直に、宿題なのだと話した。ラブレターのつもりはないと言うと雅冬は落胆したが、それでも感慨深そうに呟く。 「いやー、やっぱり女々しいな。結局手紙に戻るのか」 雅冬はうんうんと頷いているが、こちらは全く意味が分からない。すると彼は宗一が眠るソファの肘掛けに静かに座った。 「君と宗一は、文通をしてたんだよ」 柔らかい髪にそっと触れ、雅冬は眉を下げた。 もうずっと昔のこと。宗一は、大事な文通相手がいると嬉しそうに言ってきたらしい。 「今の時代にアナログだなぁと思ったけど……本気も感じられるし、悪くないな、って言ったんだ。そしたら尚さら機嫌良くしちゃって。はは、ちょろいよな」 文通。自分と、彼が? とてもそんなことをしそうにない。それでも雅冬の話が本当なら、自分達は五年以上手紙でやり取りをしたことになる。 辺鄙な村にいる、関わりのない少年に嫌々付き合う必要なんてない。繋がりなんて簡単に断ち切れるはずなのに、どうして。 苦しい。宗一のことを知れば知るほど、心が掻き乱される。 「今の君が宗一に感じてることを書いてやんな。それが一番喜ぶと思う」 「……」 自分の気持ちもよく分からないぐらいだけど……彼のアドバイスは、素直に受け取った。 ペンと便箋を持ってきて、しばらく考えた。一文字も書けないまま段々眠くなって、床に座りこんだ。 雅冬がベッドで眠るように促してきたが、書ききるまでは眠れない。時計と睨めっこしながら 、宗一の寝顔を交互に眺めていた。 「……あれ?」 宗一が目を覚ましたのは、日付けが変わった時刻だった。 静まり返った室内で、微かな寝息が聞こえる。ソファの上で視線を下げると綺麗なつむじが見えた。 「あらら。白希、こんなところで寝ちゃったのか」 白希はソファに背を預け、床に座って眠っていた。自分にはブランケットがかかっているが、白希が掛けてくれたんだろうか。 朧気に考えていると、背後から呆れ返った声が聞こえた。 「最初にテーブルで寝たのはお前だぞ、宗一」 「雅冬。……ごめんよ。色々」 彼を放ったらかしにして眠ってしまったことはもちろん、既に終電もない時間だ。 「今夜は泊まっていってくれ」 「いい。それより白希をベッドに連れてってやれよ」 雅冬は席に座ったまま、熱いお茶を飲んだ。 「ベッドで寝るよう何回も言ったんだけど、お前の傍から離れなくてな」 「そう……」 足を床に下ろし、俯く白希を見つめる。その寝顔は以前と同じだ。 「別に私じゃなくても良いんだ。どうも独りで寝るのが嫌らしい」 「へえ。……まぁ、まだ色々不安だろうしな」 前傾になって首を捻る雅冬に、宗一は頷く。そして深いため息をついた。 「白希の前じゃため息も我慢してるのか?」 「もちろん」 「別にいいんじゃないか。今の白希はそういうの気にしなさそうだぞ」 そう零してから、雅冬は眠っている白希に鋭い視線を送った。 「でもな。妙だな」 「何が?」 「十年分の記憶を失くしてるんだよな? ってことは今の白希は十年前の状態。十歳だろ」 宗一は頷く。 「正直、十歳と話してる感じがしない。知能や知識は以前の白希と変わらないんじゃないか。何なら、精神年齢も」 雅冬はいつもより低いトーンで話し、脚を組んだ。 宗一は瞼を伏せる。彼が言いたいことは何となくだが分かった。 不可解故、疑念が強まる。 自分も、彼と同じことを思っている。 「……本当に、“ただの”記憶喪失なのか。よく注意した方が良いぞ、宗一」

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